化学肥料として畑にまかれるチッ素は、作物に吸収されずに雨水とともに流れ出たり、ガスとして大気中に逃げたりすることが少なくありません。特に一般的な尿素肥料は、土に入れてから10〜15日ほどで急速に溶け出してしまうため、作物が必要とするタイミングと供給のタイミングがずれやすいという課題があります。こうした無駄を減らす方法として、鉱物の一種であるゼオライトをナノサイズに加工し、チッ素をゆっくり放出させる肥料にする研究が進められています。今回紹介する研究では、このナノゼオライト系肥料を、ホウレンソウの仲間である「ツルムラサキホウレンソウ(Beta vulgaris var. bengalensis)」という葉物野菜で実際に試し、効果と安全性を確かめています。
ナノゼオライトにチッ素を閉じ込める仕組みと作り方
研究チームはまず、アルミン酸ナトリウムとケイ酸ナトリウムを原料に、水熱合成という手法でナノゼオライト(NZ)を作りました。得られた粒子の平均サイズは50.26±23.78ナノメートルでした。これに、界面活性剤の一種であるヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(HDTMA-Br、別名CTAB)を加えて表面を改質したものが「表面改質ナノゼオライト(SNZ)」です。表面改質によってゼオライト表面のマイナス電荷がプラスに変わり、通常は吸着しにくい硝酸イオンも取り込めるようになった点が工夫のポイントです。
これらのゼオライトに、32%のチッ素を含む尿素硝安液肥(UAN、尿素チッ素・アンモニア態チッ素・硝酸態チッ素を含む液体肥料)を吸着させ、「ナノゼオライト尿素硝安肥料(NZUF)」と「表面改質ナノゼオライト尿素硝安肥料(SNZUF)」という2種類の肥料を作りました。温度・接触時間・撹拌速度の条件を統計的手法(応答曲面法)で最適化した結果、最大のチッ素含有率はNZUFで15.5%、SNZUFで18%に達しました。表面改質によって、硝酸イオンの吸着量はNZUFに比べて231%、アンモニウムイオンの吸着量は14.5%それぞれ増えたと報告されています。赤外分光(FTIR)やX線回折(XRD)による分析でも、チッ素を吸着させた後もゼオライトの骨格構造自体は保たれていることが確認されました。
放出の持続期間と、実際の栽培での収量
土を詰めたガラスカラム(内径50mm・長さ620mm)を使った60日間の溶出実験では、通常の尿素だと75%のアンモニア態チッ素・硝酸態チッ素が10〜15日ほどで溶け出してしまうのに対し、ナノゼオライト系肥料ではアンモニア態チッ素の75%放出までに約48〜50日、硝酸態チッ素では約45〜48日かかったとされています。ゼオライトの微細な孔に養分が保持されることで、放出がゆっくり進むと考えられます。
続いて、東京の話ではなくインド・ニューデリーのICAR-インド農業研究所内で、直径14インチの鉢を使い、ツルムラサキホウレンソウの「Pusa Bharati」という品種を2023年から2024年にかけて2年間栽培する試験が行われました。無チッ素区や尿素区、UAN区を含む9つの施肥区を設定して比較したところ、推奨施肥量(1ヘクタールあたり90kg)を全量SNZUFで施したT4区は、同量を尿素で施したT2区に比べて2年間の収量が8.67%多かったと報告されています。また、全量NZUFのT5区は0.87%、推奨量の75%をSNZUFで施したT6区は1.09%、それぞれ尿素区より高い収量を示しました。あわせて、土壌中の酵素活性(尿素分解にかかわるウレアーゼ活性など)や微生物量も調べられ、土壌の状態を評価する指標として用いられています。
安全性の確認と、この研究を読むうえでの注意点
新しい肥料を実際に畑で使うには、作物や土壌生物への安全性も重要です。この研究では、ツルムラサキホウレンソウの種子を複数の濃度のNZUF・SNZUF溶液(NZUFは150〜600ppm、SNZUFは125〜500ppm)に浸して発芽への影響を調べたほか、経済協力開発機構(OECD)のガイドラインに準じた方法で、ミミズを使った急性毒性試験(ろ紙接触試験・人工土壌接触試験)も実施しています。その結果、ツルムラサキホウレンソウに目立った毒性影響は見られなかったとされ、著者らはこれをナノ肥料としての安全な利用を支持する結果だとしています。
この研究は、鉢を用いた栽培試験や室内での溶出・毒性試験にもとづくものであり、実際の圃場での長期的な効果や、より広い作物・土壌条件での再現性については今後の検証が必要と考えられます。あくまで一つの研究段階の成果であり、この結果だけで従来の尿素肥料に代わる結論が確定したわけではありません。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Pooja Ramalingappa, Renu Singh, Shiva Dhar, et al. Synthesis, optimization, and biosafety assessment of nanozeolite-based slow-release nitrogen fertilizers for spinach beet (Beta vulgaris var. bengalensis). フロンティアーズ・イン・ソイル・サイエンス (2026). DOI: 10.3389/fsoil.2026.1820226. 原著ライセンス: cc-by.