この研究は、タイ、中国、韓国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
東南アジアで広く流通する二枚貝「ツキヒガイ(Asian moon scallop、Amusium pleuronectes)」は、繊細な風味と柔らかな食感、高い栄養価から商業的価値の高い魚介類として知られています。タイでは調理前の状態で広く販売されていますが、二枚貝は水中の粒子を濾しとって餌をとる性質があるため、周囲の環境にいる微生物を体内にためこみやすく、生食や加熱不足による食中毒や品質劣化の原因になりやすいと指摘されてきました。
魚介類に関わる代表的な細菌として、研究チームはビブリオ属、エロモナス属、シュワネラ属を挙げています。ビブリオ属には胃腸炎や敗血症などを起こす種が含まれ、エロモナス属は冷蔵温度でも増殖でき、免疫力が低下した人で日和見感染を起こしうるとされます。シュワネラ属はアンモニアや硫黄を含む揮発性化合物をつくって異臭や品質低下をもたらす代表的な腐敗菌です。冷蔵や衛生的な取り扱いだけでは低温でも増える菌を抑えきれないこと、また消費者が合成保存料を避ける傾向が強まっていることから、著者らは天然由来の抗菌手段を検討する必要があると述べています。
着目されたのは二つの天然素材です。一つは、キトサンを分解して得られるキトオリゴ糖(COS)に、緑茶の主要カテキンであるエピガロカテキンガレート(EGCG)を結合させた物質(CEGC)。もう一つは、乳酸菌Lactococcus lactisがつくる天然の抗菌ペプチド「ナイシン」です。ナイシンは食品保存に広く使われてきましたが、グラム陽性菌には効きやすい一方でグラム陰性菌には効きにくく、細胞膜を乱す成分と組み合わせると効果が高まりうることが先行研究で報告されています。これまでCEGCとナイシンはそれぞれ単独で調べられてきましたが、魚介類由来のビブリオ属・エロモナス属・シュワネラ属に対する併用効果の研究は限られていました。そこで本研究は、両者を組み合わせたときにツキヒガイ由来の病原菌・腐敗菌に対して相乗的な抑制効果が生じるかどうかを確かめることを目的としています。
何を、どのように調べたか
研究チームはタイ・ソンクラー県の小売店やオンライン販売から、調理前の冷蔵ツキヒガイ25検体を入手し、可食部の細菌数を測定しました。選択培地で分離した菌は、菌体のタンパク質パターンから種を判定するMALDI-TOF質量分析という手法で同定されています。
分離した菌102株と標準菌株6株については、菌の増殖を抑える最小の濃度(最小発育阻止濃度、MIC)と、菌を殺すのに必要な最小の濃度(最小殺菌濃度、MBC)を、CEGCとナイシンそれぞれについて測定しました。そのうえで併用効果の判定には「チェッカーボード法」が用いられています。これは二つの薬剤の濃度を格子状に組み合わせて効き方を調べる方法で、その結果からFICIという指標を計算します。FICIが0.5以下なら相乗(足し算以上の効果)、0.5超〜1.0なら相加、1.0超〜2.0なら無関係、2.0超なら拮抗と判定されます。
さらに、チェッカーボード法で決めた併用濃度を用いて、24時間後の生菌数がどう変化するかを調べる不活化試験が行われました。作用のしくみについては、バイオフィルム(菌が表面に作る膜状の集合体)の形成量、細胞膜が壊れた菌だけを染める色素の取り込み、電子顕微鏡による菌の形の観察などが、無処理・CEGC単独・ナイシン単独・併用の条件で比較されています。最後に、腸炎ビブリオを接種したツキヒガイの可食部に各処理を施し、4℃で3日間保存したときの生菌数が調べられました。
あわせて、細菌が持つ病原性に関わる性質として、タンパク質を分解する能力(プロテアーゼ活性)や赤血球を壊す能力(溶血活性)も評価されています。
報告された主な結果
検体の一般生菌数は平均5.7 log CFU/gで、原料段階から比較的高い菌数であったと報告されています。菌群別ではシュワネラ属と推定される菌が最も多く(5.9 log CFU/g)、次いでエロモナス属(5.6 log CFU/g)で、腸炎ビブリオ(V. parahaemolyticus)は3.2 log CFU/g、ショ糖を分解するビブリオ属は3.4 log CFU/gと低めでした。分離された102株はビブリオ属、シュワネラ属、エロモナス属の多様な種で構成され、なかでも腸炎ビブリオが26.5%と最大の割合を占めていました。
単独で用いた場合の抗菌活性を比べると、CEGCのほうがナイシンより明確に強い効果を示しました。CEGCのMICは156〜625 µg/mLの範囲であったのに対し、ナイシンは2500〜5000 µg/mLと大幅に高い濃度を要しました。最も低いMIC(156 µg/mL)は主に腸炎ビブリオと一部のV. alginolyticusで観察されています。一方でエロモナス属はCEGC・ナイシンのいずれに対しても比較的高い濃度を必要とし、著者らはグラム陰性菌の外膜による防御などが関係している可能性を挙げています。シュワネラ属のCEGCに対するMICは313〜625 µg/mLと中間的でした。殺菌濃度(MBC)でも同様の傾向が見られ、CEGCはビブリオ属に対して625〜1250 µg/mLで殺菌効果を示した一方、ナイシンは2500〜5000 µg/mLを要しました。シュワネラ属やエロモナス属の一部ではCEGCのMICとMBCが同じ値となり、増殖を抑える濃度に達すると速やかに殺菌が起こることが示唆されています。
両者を組み合わせた効果は、チェッカーボード法によるFICIの算出と、その濃度を用いた不活化試験、さらにツキヒガイでの接種試験によって評価されました。実際の食品での試験では、単独で用いる場合の濃度がCEGC 313 µg/mL、ナイシン2500 µg/mLであったのに対し、併用時にはCEGC 78 µg/mL、ナイシン625 µg/mLという、それぞれ4分の1の濃度が用いられています。つまり著者らは、組み合わせることで各成分を単独で使うより低い濃度で処理する条件を設定し、腸炎ビブリオを接種した可食部を4℃で3日間保存したときの生菌数を、無処理の対照や単独処理と比較しました。なお著者らは、抗菌剤を加えた直後の時点でもある程度の菌の減少が起こりうるため、保存0日目の菌数は接種量そのものではなく処理後に回収された菌数を表す、と注意を添えています。
病原性に関わる性質については、多くの菌株でタンパク質分解活性が確認されました。とくに一部のV. alginolyticusは透明帯の直径が18〜21 mmを超える最も強いプロテアーゼ産生を示しましたが、これらの株では溶血活性は認められず、著者らは病原性というより腐敗への寄与が大きい可能性を指摘しています。一方でA. hydrophilaやA. veronii、A. bestiarumなどのエロモナス属では、顕著な溶血活性と中〜高程度のタンパク質分解活性の両方が確認されました。薬剤感受性と病原性関連の性質をまとめて主成分分析で解析した結果、第1・第2主成分で全変動の54.5%が説明され、同じ属の中でも株ごとのばらつきが大きく、これらの性質が属によって一律に決まるわけではないことが示されています。なお、冷蔵保存した検体由来の株で溶血活性に差が見られた点について、低温ストレスが溶血素などの病原性関連遺伝子の発現に影響するかどうかは明らかになっておらず、今後の検討課題であると著者らは述べています。
また、ビブリオ用の選択培地で分離された菌の一部が、質量分析ではシュワネラ属やエロモナス属、Proteus属など別の菌と判定されており、著者らは複雑な魚介類の菌叢に対する選択培地の限界と、正確な同定手段の重要性を指摘しています。
この研究が示すこと
著者らの報告は、市場に流通する調理前のツキヒガイが、腐敗に関わる菌と食中毒に関わる菌の双方を含む多様なグラム陰性菌を抱えていることを具体的な数値で示しました。そのうえで、緑茶カテキンをキトオリゴ糖に結合させたCEGCが、天然抗菌ペプチドであるナイシンよりもはるかに低い濃度でこれらの菌を抑えること、そして両者を組み合わせることで、それぞれを単独で使う場合より少ない量で処理する条件が成り立つことを検討しています。
同じ属でも株によって薬剤の効きやすさや病原性に関わる性質が異なるという知見は、菌の種類を特定するだけでは危害の程度を判断しにくいことを意味します。複数の天然由来成分を組み合わせて障壁を重ねるという考え方が、合成保存料に頼らない魚介類の安全性・品質管理を考えるうえでの一つの手がかりとなることを、この研究は示しています。
著者:Suriya Palamae(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation (ICE-SSI), Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai 90110, Songkhla, Thailand)、Pitima Sinlapapanya(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation (ICE-SSI), Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai 90110, Songkhla, Thailand)、Jirayu Buatong(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation (ICE-SSI), Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai 90110, Songkhla, Thailand)、Natchaphol Buamard(International Center of Excellence in Seafood Science and Innovation (ICE-SSI), Faculty of Agro-Industry, Prince of Songkla University, Hat Yai 90110, Songkhla, Thailand)、Yu Fu(College of Food Science, Southwest University, No. 2. Tiansheng Road, Beibei District, Chongqing 400715, China)、Bin Zhang(Key Laboratory of Health Risk Factors for Seafood of Zhejiang Province, College of Food Science and Pharmacy, Zhejiang Ocean University, Zhoushan 316022, China)、Hui Hong(Beijing Laboratory for Food Quality and Safety, College of Food Science and Nutritional Engineering, China Agricultural University, Beijing 100083, China)、Soottawat Benjakul(Department of Food and Nutrition, Kyung Hee University, 26 Kyungheedae-ro, Dongdaemun-gu, Seoul 02447, Republic of Korea)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Suriya Palamae, Pitima Sinlapapanya, Jirayu Buatong, et al. Synergistic Effects Between Chitooligosaccharide–Epigallocatechin Gallate Conjugate and Nisin on Inhibition of Seafood-Associated Vibrio spp., Aeromonas spp., and Shewanella spp.. Foods 2026-08-30. DOI: 10.3390/foods15173072. 原著ライセンス:CC BY.