著者の所属・活動拠点の国は、アメリカです。

掲載誌:PLOS Climate

ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF

研究の目的:牛のメタンが温暖化の論点になったとき

1980年代半ば、人間活動に由来するメタンが地球温暖化に関わり、牛などの家畜がその重要な排出源であることを示す科学研究が相次いで発表されました。メタンは二酸化炭素と並ぶ温室効果ガスの一つで、牛の場合は主に消化の過程でげっぷなどとして出ます。これにより、温暖化の責任は化石燃料産業だけでなく畜産にも及ぶという見方が広がりました。

論文の著者らは、米国の牛肉業界の主要な業界団体である全米畜牛者協会(NCA)が、自らの産品が温暖化に関わるという知見や世論に、どのように向き合い、語り、対応したのかを調べました。対象期間は、家畜由来メタンに関する重要な世界規模の分析が発表された1986年から、NCAが他の業界団体と統合して全米畜牛者牛肉協会(NCBA)となった1996年1月までです。著者らは、石油業界の団体などが温暖化の科学を過小評価する広報を行ってきたことを示す先行研究を踏まえ、牛肉業界の団体についても同様の視点から検証しました。

何を調べたか:保管記録と報道の読み込み

研究チームは、NCAの記録が保管されているワイオミング大学の資料館を訪れ、温暖化や食生活の変化に関係する内部文書を探して収集しました。集めた組織内部の文書は154点で、そのうち123点が1986〜1996年のものでした。さらに別の大学の特別コレクションから1点を加え、報道データベースで見つけた関連記事48本や、政府・国際機関・非政府組織の報告書も検討しました。

分析では、NCAの発信を、牛肉生産者を前向きに描く「先手の発信」と、批判に反応する「受け身の発信」に分けました。後者はさらに、温暖化という問題そのものへの異議、牛肉生産と温暖化の因果関係への異議、牛肉の消費を減らそうという政策提案への異議、そして批判する側の人物や団体への異議の4種類に分類しました。また、1989年の米環境保護庁(EPA)関連の報告書が示したメタン削減策に関わる語、たとえば飼料、サプリメント、ふん尿、格付けなどで全文書を検索し、NCAが削減策を検討した形跡があるかを確かめました。

主な結果:排出削減より広報を重視

著者らによると、NCAの代表者は1989年2月のEPAのワークショップに出席していました。このワークショップの報告書は、管理された家畜が年間メタン排出量の15〜20%を占めるとし、内容は出席者全員の合意を反映していると記していました。それにもかかわらず、NCAはその後、外部の専門家を起用し、牛の影響を小さく見せる統計を広めたと論文は報告しています。

代表例として挙げられているのが、NCAが関わった動物科学者による「米国の肉牛が出すメタンは世界の総排出量の0.5%未満」という数字です。著者らは、この数字を示した報告には方法の説明がなく、再現できず、査読も受けていないとみられると指摘しています。また、分母には人間が制御できない自然由来の排出源まで含めた世界の総排出量を使い、分子には米国の肉牛だけを数えて乳牛を含めていなかったようだと分析しています。この数字は大手新聞などで、EPAの推計と並べて紹介されました。

このほかNCAは、市民団体の動向に関する情報を集め、牛肉を減らす食生活を勧める活動家に反論し、政治家や一般の人々への影響をねらった言葉づかいを工夫していたことが文書から読み取れたといいます。一方で、研究チームは、報告書が示した飼料の工夫などのメタン削減策について、NCAが研究したり推奨したりした証拠を見つけられませんでした。NCAが依頼した専門家の報告の中には飼料の工夫で排出を減らせると書いたものもありましたが、NCA自身の資料にはそうした取り組みの記述が見当たりませんでした。NCAが懸念していたのは温暖化そのものより、消費者の信頼や牛肉需要の低下だったと著者らは述べています。

なお著者らは、保管記録にはNCAの内部文書がすべて含まれているわけではなく、専門家との契約書などは見つからなかったこと、また団体としては取り組まなくても個々の生産者や企業が排出削減に取り組んだ可能性があることを断っています。

この研究が伝えること

研究チームは、NCAが温暖化を牛肉生産の深刻な帰結としてではなく、消費者の需要を左右しうる広報上の課題として扱っていたと結論づけています。業界団体の研究ではこれまで政治的なロビー活動が注目されがちでしたが、この事例ではコミュニケーション戦略が中心だったという点が、この研究の示した特徴です。

著者らは、EPAの統計で米国のメタン排出量全体は1990年から2022年に減ったものの、それは埋め立て地や化石燃料分野の対策によるもので、農業分野の排出は増え、米国の肉牛の消化に伴うメタンも1990年より2020年のほうが多かったことにも触れています。環境問題が、取り組むべき実質的な課題ではなく広報の問題として扱われるとき何が起きるのか。その一つの歴史的事例を、記録に基づいて示した研究といえます。

原著論文の著者・所属:Jennifer Jacquet(University of Miami)、Loredana Loy(University of Miami)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jennifer Jacquet, Loredana Loy. Global warming and the National Cattlemen’s Association 1986–1996. PLOS Climate 2026-10-07. DOI: 10.1371/journal.pclm.0001061. 原著ライセンス:CC BY.