この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Cardiovascular Medicine

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとしたのか

急性心筋梗塞(AMI)は、心臓に血液を送る血管が詰まって心臓の筋肉が傷つく病気で、発症が急で進行が速いことが知られています。近年は治療法の進歩で短期の生存率が改善した一方、退院後に心不全や重い不整脈、心筋梗塞の再発といった重大な心血管イベント(MACE)を起こす患者が一定数いることが課題として残っています。

この研究の著者らが注目したのは「腸と心臓のつながり(腸−心臓軸)」です。心筋梗塞のあとは心臓から送り出される血液量が減り、腸への血流も不足しやすくなります。その結果、腸の粘膜が傷んで「バリア機能」が低下し、本来は腸の中にとどまっているはずの細菌やその成分が血液中に入り込むことがあります。これが「腸内細菌の移行(トランスロケーション)」です。著者らは、AMI患者でこの現象がどの程度みられるのか、そして炎症の強さ・心機能・短期の経過とどう関係しているのかを調べることを目的としました。

どのように調べたか

著者らは中国の一施設で、過去の診療記録をさかのぼって調べる「後ろ向きコホート研究」を行いました。2023年4月から2025年6月までに入院し標準的な治療を受けたAMI患者148人と、同じ時期に健康診断を受けた健康な人110人を比較の対象としています。両群は性別・年齢・BMI・喫煙歴・飲酒歴に統計的な差がなく、比較しやすい構成だったと報告されています。

調べたのは、日常診療の中ですでに測定されていた血液と便の検査結果です。血液では、腸のバリア機能や細菌の移行を評価する三つの指標——D-乳酸(腸粘膜の通りやすさが増すと上がる)、ジアミンオキシダーゼ(DAO、腸粘膜の細胞が傷つくと変動する)、リポ多糖(LPS、細菌由来の毒素で、細菌の移行を間接的に示す)——を測定しました。便では、ビフィズス菌・乳酸桿菌・バクテロイデス・エンテロバクター・腸球菌という代表的な5種類の菌を培養して数えています。なお著者らは、培養による方法では菌の「属」までしか区別できず、種や株のレベルでの働きまでは判定できないと断っています。

さらに著者らは、LPSが基準値を超え、かつD-乳酸かDAOの少なくとも一方が上昇している患者を「細菌の移行あり」と定義し、移行群52人と非移行群96人に分けました。この二群は、心筋梗塞の型や重症度分類、緊急カテーテル治療の実施率、入院中の薬物治療などに差がなかったと報告されています。そのうえで炎症の指標(CRP、白血球数)、心機能の指標(NT-proBNP、左室駆出率=LVEF)を比較し、退院後90日間の経過を追って重大な心血管イベントの有無を記録しました。イベントの判定は、患者がどちらの群かを知らされていない二人の専門医が独立して行っています。

報告された主な結果

まず、AMI患者は健康な人に比べて、D-乳酸・DAO・LPSのいずれも有意に高い値を示しました。腸内細菌の構成も大きく乱れており、ビフィズス菌・乳酸桿菌・バクテロイデスといった有益あるいは常在とされる菌が減り、エンテロバクターや腸球菌といった日和見的な菌が増えていたと報告されています。

移行群と非移行群を比べると、移行群のほうが腸内細菌の乱れがより顕著でした。なお著者らは、D-乳酸・DAO・LPSは群分けの定義そのものに使った指標なので、両群の差は設計上当然であり独立した発見としては解釈していない、と明記しています。一方で、移行群ではCRPと白血球数が高く、心臓への負荷を反映するNT-proBNPも高く、心臓のポンプ機能を示すLVEFは低いという結果でした。

90日間の追跡では、重大な心血管イベントの発生率が移行群34.62%、非移行群14.58%と、移行群で有意に高くなっていました。中でも急性心不全と重い不整脈の増加が目立ったと報告されています。相関分析では、D-乳酸・DAO・LPS・エンテロバクター・腸球菌がCRP・白血球数・NT-proBNPと正の相関を示しLVEFと負の相関を示す一方、ビフィズス菌・乳酸桿菌・バクテロイデスは逆の関係を示しました。相関係数の絶対値は0.352〜0.617で、おおむね中程度の相関だったとされています。

著者らは探索的な多変量解析も行い、LPS・DAO・NT-proBNPの上昇、LVEFの低下、エンテロバクターと腸球菌の増加が短期予後の悪さと関連していたと報告しています。ただし、追跡期間中に重大なイベントを経験したのは32人にとどまるため、この解析結果は慎重に解釈すべきだと自ら注意を促しています。

この研究が示すこと

著者らは、AMIの急性期には腸のバリア機能の低下と腸内細菌の移行が明らかにみられ、その程度が炎症の強まり・心機能の悪化・短期の心血管イベントの発生と密接に関連していると結論づけています。これは「腸−心臓軸」が心筋梗塞後の経過に関わっている可能性を示すものだ、というのが著者らの見方です。

ただし、この研究は一施設の記録をさかのぼって調べたもので、事前に症例数を計算した設計ではなく、観察された関連がそのまま因果関係を意味するわけではありません。それでも著者らは、腸のバリア機能や細菌移行に関わる指標が、AMI患者のリスクを見積もる際の補助的な手がかりになりうると位置づけています。心臓の病気を考えるうえで、心臓そのものだけでなく腸の状態にも目を向ける視点を提示した研究といえます。

著者:Junxiang Liu(Characteristic Medical Center, Characteristic Medical Center of Chinese People’s Armed Police Force)、DongLin Song(Cardiology Department, Tianjin Provincial Corps Hospital of Chinese People’s Armed Police Forces)、Yi Yuan(Characteristic Medical Center, Characteristic Medical Center of Chinese People’s Armed Police Force)、HaiYing Sun(Characteristic Medical Center, Characteristic Medical Center of Chinese People’s Armed Police Force)、GuoHong Yang(Characteristic Medical Center, Characteristic Medical Center of Chinese People’s Armed Police Force)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Junxiang Liu, DongLin Song, Yi Yuan, et al. Clinical characteristics of gut microbiota translocation after acute myocardial infarction and its impact on prognosis. Frontiers in Cardiovascular Medicine 2026-09-10. DOI: 10.3389/fcvm.2026.1890161. 原著ライセンス:CC BY.