この研究は、イギリス、オーストラリアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Wellcome Open Research
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
うつや不安といった一般的な精神疾患は、世界全体の疾病負担・障害・経済的コストの大きな要因のひとつです。遺伝的な要因や幼少期の逆境といった従来からの危険因子に加えて、近年は食事のような「変えられる生活習慣」が予防や治療の手がかりになるのではないかという関心が高まっています。ただし研究ごとに設計や食事の測り方がばらばらで、高齢者や地域的な多様性の代表性も限られていたため、結果をどこまで一般化できるかには制約がありました。
著者らは、国際的なコホート研究をそろった手順で分析し、生活習慣が精神疾患にどれだけ寄与するかを測ろうとする「GLADタスクフォース」の取り組みの一環として、この研究を行いました。対象としたのは、スコットランドの高齢者集団「ロージアン出生コホート1936(LBC1936)」です。研究チームは、世界疾病負担研究(GBD)で定義された11種類の食事要因と、不安・抑うつの症状との関連を検討しました。
何を、どのように調べたか
LBC1936は1936年生まれの人たちを追跡している研究で、参加者の多くはエディンバラとその周辺のロージアン地域に住んでいました。今回の分析には、2004〜2007年(平均年齢約69.5歳)に食事に関する質問票に回答した人のうち、精神面のデータもそろっていた880人(女性52%、男性48%)が含まれます。
食事は、スコットランドで高齢者向けに設計・検証された168項目の食物摂取頻度質問票を用いて、過去2〜3か月の習慣的な食べ方を尋ねる形で把握しました。ここから、果物、野菜、豆類、全粒穀物、牛乳、食物繊維、カルシウム、多価不飽和脂肪酸、赤身肉、加工肉、加糖飲料という11の項目を、GBDの定義に沿って1日あたりの摂取量として算出しています。
不安と抑うつの症状は、精神科以外の場面での心理的な苦痛を調べるためによく使われる自記式の質問票「HADS」で評価しました。これは不安と抑うつの2つの下位尺度からなり、研究チームはGLADの手順に従い、いずれかで8点以上を「その症状がある可能性が高い」とする基準として用いました。なお著者らは、この結果をあくまで「不安の症状」「抑うつの症状」と呼んでいます。
解析にはロジスティック回帰を用い、年齢・性別・教育年数を考慮した場合としない場合の両方を検討したほか、総摂取エネルギーの影響を調整した感度分析も行いました。食事の指標は標準化され、関連は「1標準偏差の増加あたりのオッズ比」として報告されています。多数の比較を行うことによる偽陽性に対処するため、偽発見率(FDR)による補正も適用されました。
主な報告結果
まず食事の全体像として、参加者の平均摂取量は果物、野菜、豆類、全粒穀物、牛乳、食物繊維、カルシウム、多価不飽和脂肪酸のいずれについても推奨水準に届いておらず、GBDの定義で「リスクあり」に分類された人の割合はカルシウムの61.9%から多価不飽和脂肪酸の100%まで及びました。一方、赤身肉、加工肉、加糖飲料では平均が基準を超えており、それぞれ94.5%、94.0%、34.9%が「リスクあり」でした。著者らは、この高齢者集団の食事の傾向が全体として好ましくない方向にあると述べています。HADSの基準では、不安の症状がある可能性が高い人が164人(19%)、抑うつの症状がある可能性が高い人が31人(4%)でした。
不安の症状については、牛乳の摂取量が多いほど症状のオッズが高いという関連が、年齢・性別・教育年数を調整した後も(調整オッズ比1.194、95%信頼区間1.018〜1.400)認められました。カルシウム摂取量でも同様に正の関連がみられましたが(調整オッズ比1.210)、エネルギー調整を加えた感度分析では共変量調整後に弱まり、統計的に有意ではなくなりました。反対に、エネルギー調整後の果物摂取量が多いほど不安の症状のオッズは低くなっていました(調整オッズ比0.792、95%信頼区間0.640〜0.981)。野菜、豆類、全粒穀物、加糖飲料、食物繊維、多価不飽和脂肪酸については、どのモデルでも不安の症状との関連はみられませんでした。
抑うつの症状については、加糖飲料の摂取量が多いほどオッズが高いという関連が一貫して示されました(調整オッズ比1.243、95%信頼区間1.007〜1.535)。この関連はエネルギー調整後も同様でした。それ以外の食事要因では、抑うつの症状との関連は認められていません。
ただし著者らは重要な但し書きを添えています。これらの効果量はいずれも小さく、不安・抑うつのどちらについても、多重比較の補正を行うと統計的に有意なまま残った関連はひとつもありませんでした。
この研究が示すこと
著者らは、こうした結果が真に効果がないことを反映している可能性のほか、検出に必要な統計的な検出力が足りなかった可能性、そして今回の横断的な設計や調整しきれなかった交絡といった方法上の制約による可能性も挙げています。喫煙や、教育年数では捉えきれない社会経済的な立場、身体的な併存疾患などは今回のモデルに含まれていません。また、この集団での抑うつの該当者が4%と、スコットランドの65〜74歳における全国平均のおよそ9%より大幅に低かったことも、関連を検出しにくくした要因として指摘されています。
解析が食事全体のパターンではなく、GBDで定義された個々の構成要素に着目したことについても、著者らは注意を促しています。食品や栄養素は単独で食べられるわけではないため、観察された関連は、その食品そのものというより、それと相関する食習慣や生活習慣の目印を反映している部分があるかもしれません。牛乳と不安の関連についても、より変化に乏しい伝統的な食事の指標である可能性、加齢に伴う乳糖不耐や消化器症状との関係、ミルクティーを介したカフェイン摂取の代理指標である可能性、さらには不安のある人が牛乳を選びやすいという逆の因果の可能性まで、複数の解釈が並べて論じられています。
この研究の強みは、参加者全員が1936年生まれというごく狭い年齢幅のコホートを用いたことで、年齢そのものによる交絡を小さくできる点にあります。また、GLADタスクフォースと手順をそろえた解析によって、他のコホートとの比較が可能になります。著者らは、特定の食事要因が高齢期の不安や抑うつの症状と関連している可能性を示す一方で、食事と心の健康の関係の複雑さが浮かび上がったと結論づけ、関連の向きを明らかにするにはより大規模で縦断的な、手順をそろえた研究が必要だと述べています。
著者:Janie Corley(Edinburgh Futures Institute Scotland University of Edinburgh)、Paul Redmond(Edinburgh Futures Institute Scotland University of Edinburgh)、Melissa M. Lane(IMPACT (the Institute for Mental and Physical Health and Clinical Translation), Food & Mood Centre, School of Medicine, Barwon Health Burwood Deakin University)、Felice Nellie Jacka(Centre for Adolescent Health Parkville Murdoch Children's Research Institute)、Deborah N Ashtree(IMPACT (the Institute for Mental and Physical Health and Clinical Translation), Food & Mood Centre, School of Medicine, Barwon Health Burwood Deakin University)、Simon R. Cox(Edinburgh Futures Institute Scotland University of Edinburgh)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Janie Corley, Paul Redmond, Melissa M. Lane, et al. Dietary exposures and risk of anxiety and depression symptoms in the Lothian Birth Cohort 1936: a cohort-level GLAD Project analysis. Wellcome Open Research 2026-09-23. DOI: 10.12688/wellcomeopenres.24950.2. 原著ライセンス:CC BY.