この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Chemistry & biodiversity
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
サネブトナツメの種子は、中国で「酸棗仁(さんそうにん)」と呼ばれ、不眠や不安への生薬として長く用いられてきた植物性の素材です。著者らによれば、この種子にはサポニン、トリテルペノイド、フラボノイド、アルカロイド、多糖、タンパク質など多様な成分が含まれ、中国の薬局方ではスピノシンとジュジュボシドAが品質管理の指標成分とされています。
一方、発酵は微生物の代謝を利用して有機物を分解する昔ながらの技術で、食品にも生薬の加工にも使われてきました。論文では、発酵によって植物の細胞壁が壊れて成分が溶け出しやすくなったり、微生物の酵素が配糖体(糖が結合した化合物)を分解して別の成分に変わったりすることが、先行研究をもとに説明されています。そこで研究チームは、複数の乳酸菌(ラクトバチルス属)でこの種子を発酵させ、発酵の前後で化学成分がどう変わるのかを調べることを目的としました。
何をどう調べたか
研究チームは、河北省産の種子の粉末に乳酸菌を接種し、37℃で72時間、酸素のない条件で液体発酵を行いました。使った菌は L. plantarum、L. acidophilus、L. rhamnosus、L. paracasei の4種類で、単独での発酵に加え、複数を組み合わせた混合発酵も試しています。比較対象として、菌を加えずに同じ温度・時間で置いた「未発酵」の試料も用意されました。
測定した指標は9つです。鎮静・抗不安作用に関わる主要成分とされるスピノシン、6‴-フェルロイルスピノシン、ジュジュボシドA、ジュジュボシドBの4成分を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で定量し、あわせて総フェノール量と総フラボノイド量、さらに抗酸化能を3つの方法(DPPHラジカル消去、ヒドロキシラジカル消去、鉄還元能FRAP)で測りました。これら9指標を一つずつ比べるのではなく、主成分分析(PCA)という統計手法でまとめて総合得点を出し、最も優れた発酵菌を選ぶという設計です。そのうえで、選ばれた条件の試料と未発酵試料について、高分解能質量分析(UPLC-Q-Exactive Orbitrap-MS)で成分の顔ぶれを定性的に比較しました。
報告された主な結果
著者らの報告によると、フラボノイドやフェノール類は発酵によって全体に増える傾向がありました。総フェノール量は、混合菌による試料No.7を除いて未発酵より高く、増加幅は2.09〜12.12%でした。総フラボノイド量は菌の種類によらず17.73〜35.19%増加し、試料No.7では24.6014 mg/gで35.19%の増加(p < 0.05)が報告されています。指標成分のスピノシンはすべての群で未発酵より明確に増え、試料3で1.7516 mg/g、試料8では1.0588 mg/gで65.43%の増加(p < 0.05)とされました。6‴-フェルロイルスピノシンも全群で増加し、試料3は1.5202 mg/gに達しています。
一方、サポニン類の挙動は一様ではありませんでした。ジュジュボシドAは発酵後に増加し、試料3では79.06%の増加(p < 0.05)が報告されています。これに対しジュジュボシドBは発酵後にむしろ減少し、試料1で31.11%、試料7で23.56%の有意な低下が見られました。著者らは、微生物が作るβ-グルコシダーゼなどの酵素が糖の部分を切り離すことで、サポニンは増えることも減ることもあり得ると、先行研究を引きながら述べています。
抗酸化能は3つの測定法いずれでも未発酵より高い値が報告されました。DPPHラジカル消去能は19.49〜30.04%、鉄還元能(FRAP)は42.44〜60.89%の増加(いずれもp < 0.05)です。9指標をまとめたPCAでは、固有値1を超える3つの主成分で全分散の91.23%が説明され、総合得点が最も高かったのは L. plantarum 単独での発酵でした。相関解析では、総フラボノイド量やスピノシン、6‴-フェルロイルスピノシンがヒドロキシラジカル消去能とFRAPと有意な正の相関を示し、著者らは本研究で観察された抗酸化活性の主な担い手はフラボノイド類だと考察しています。
質量分析では、3種の試料から合わせて41成分が同定されました。未発酵の種子では41成分すべてが確認されたのに対し、L. plantarum で発酵させたものでは30成分でした。フラボノイドは発酵試料で19成分、サポニンとトリテルペノイドは未発酵で9成分に対し発酵後は3成分と、成分の構成そのものが発酵によって変化したことが示されています。
この研究が示すこと
この研究は、乳酸菌による発酵がサネブトナツメの種子の成分を一律に「増やす」のではなく、成分ごとに異なる方向へ変化させることを、定量と定性の両面から示したものです。フラボノイド系のスピノシンや6‴-フェルロイルスピノシンは増える一方でジュジュボシドBは減るという対照的な結果は、発酵を加工技術として考えるうえで、どの成分に注目するかによって評価が変わりうることを意味します。
また、複数の指標を主成分分析で統合して菌株を選ぶという手順は、単一の指標だけで良し悪しを判断するよりも全体像をとらえやすい評価のしかたとして提示されています。この研究で得られたのは発酵前後の化学組成の違いと試験管内での抗酸化指標であり、その範囲で、乳酸菌発酵がこの生薬素材の成分プロファイルをどう変えるかの基礎的な記述を与えるものと言えます。
著者:Wan J(School of Pharmacy, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, Jinan, P. R. China.; Key Laboratory of Traditional Chinese Medicine Classical Theory, Ministry of Education, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.; Shandong Key Laboratory of Digital Traditional Chinese Medicine, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.)、Wang Y(School of Pharmacy, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, Jinan, P. R. China.; Key Laboratory of Traditional Chinese Medicine Classical Theory, Ministry of Education, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.; Shandong Key Laboratory of Digital Traditional Chinese Medicine, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.)、Yang X(School of Pharmacy, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, Jinan, P. R. China.; Key Laboratory of Traditional Chinese Medicine Classical Theory, Ministry of Education, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.; Shandong Key Laboratory of Digital Traditional Chinese Medicine, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.)、Guo Q(School of Pharmacy, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, Jinan, P. R. China.; Key Laboratory of Traditional Chinese Medicine Classical Theory, Ministry of Education, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.; Shandong Key Laboratory of Digital Traditional Chinese Medicine, Shandong University of Traditional Chinese Medicine, P. R. China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Wan J, Wang Y, Yang X, et al. Qualitative Analysis of Chemical Composition Changes Before and After Lactobacillus Fermented Ziziphi Spinosae Semen by LC-MS and Prediction of Fermentation Mechanism. Chemistry & biodiversity 2026-09-01. DOI: 10.1002/cbdv.71686. 原著ライセンス:CC BY.