著者の所属・活動拠点の国は、タイ、アメリカです。

掲載誌:International Journal of Environmental Research and Public Health

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

加齢とともに筋肉量や筋力、身体機能が徐々に低下していく状態は「サルコペニア」と呼ばれ、転倒や骨折、要介護、入院、死亡リスクの上昇と関連することが知られています。タイでは2022年時点で60歳以上の人口が全体の20%を占める『高齢社会』に入り、2031年には28%に達して『超高齢社会』になると予測されています。今回紹介するのは、タイ南部ナコンシータマラート県に暮らす高齢者を対象に、サルコペニアの有病率とそれに関わる要因を調べた研究です。

タイ国内でもサルコペニアの調査は行われてきましたが、地域ごとの実情、とりわけ南部での詳細なデータや、アジア人向けに基準値を見直した「AWGS-2019」という国際的な診断基準を用いた調査は限られていました。この研究はその空白を埋める狙いで実施されました。

どのように調べたのか

調査は2025年10月から11月にかけて、ナコンシータマラート県内の3地区(沿岸・半都市型のタサラ地区、伝統的な河口域でスイフトレット(ツバメの巣)養殖や漁業が盛んなパクパナン地区、ゴムやフルーツ農園での労働が中心の内陸農業地帯ロンピブン地区)で行われました。地域の生活環境の違いが筋肉の健康にどう影響するかを幅広く捉えるため、あえて性格の異なる3地区が選ばれています。

地域の健康センターや高齢者クラブの名簿をもとに450人程度を母集団とし、実際に声をかけた310人のうち246人(60歳以上、平均年齢69.4±7.1歳、女性が88.62%を占める)が同意し、全ての検査を完了しました(参加率79.4%)。認知機能はAbbreviated Mental Test(AMT)で事前にスクリーニングし、重度の認知機能低下がある人などは除外されています。

サルコペニアの診断はAWGS-2019基準に沿って、(1)筋肉量(体組成計=生体電気インピーダンス法、オムロンHBF-375を使用し、四肢骨格筋量を身長の2乗で割った指数で評価。男性7.0kg/m²未満、女性5.7kg/m²未満を低筋肉量と判定)、(2)筋力(握力計で測定し、男性28kg未満、女性18kg未満を低筋力と判定)、(3)身体機能(6mの歩行速度が1.0m/s未満、または椅子からの5回立ち座りテストが12秒以上)の3領域を組み合わせて評価されました。栄養状態はMini Nutritional Assessment-Short Form(MNA-SF)で、フレイル(虚弱)状態はFriedのフレイル基準を一部改変した方法で評価しています。

わかったこと

解析の結果、サルコペニアに該当した人は全体の27.64%(95%信頼区間22.14〜33.72%)でした。個別の項目を見ると、四肢骨格筋量指数の低下が43.09%、握力低下が30.08%、身体機能の低下(立ち座りテストや歩行速度)が51.62%の参加者に認められています。栄養状態については、MNA-SFで「正常」と判定されたのは46.34%にとどまり、50.41%が「低栄養のおそれあり」、3.25%が「低栄養」と分類されました。

複数の要因を同時に調整した多変量解析では、80歳以上であることがサルコペニアのリスクを約4.25倍に高める独立した危険因子として示されました(p=0.033)。年齢を連続変数として扱った分析でも、5歳加齢するごとにリスクが約1.52倍になるという関連が確認されています(p=0.005)。また、BMIが18.5kg/m²未満の「やせ」の人は、標準体格の人に比べてリスクが約3.58倍高いことも示されました(p=0.022)。

一方で、リスクを下げる方向に働く要因も複数見つかりました。中等教育以上の学歴を持つことはリスクを約88%低下させる関連が見られ(p=0.025)、BMIが23.0kg/m²以上であることは約81%のリスク低下と関連していました(p<0.001)。BMIを連続変数として扱うと、1kg/m²増えるごとにリスクが約22%下がる関係も確認されています(p<0.001)。さらに、週3回以上の定期的な運動はリスクを約79%下げる関連があり(p=0.001)、栄養状態が正常であることも約76%のリスク低下と関連していました(p=0.010)。なお、運動の頻度を回数そのもの(連続変数)として分析した場合は統計的に有意ではなく(p=0.421)、週3回という一定のまとまった頻度が目安になる可能性が示唆されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

男女別に見ると、女性の有病率が20.18%だったのに対し、男性は85.71%と非常に高い数値が示されました。ただし著者らは、この男性の数値は慎重に解釈すべきだとしています。調査対象の男性はわずか28人(全体の11.38%)と少なく、信頼区間も67.33〜95.97%と非常に幅広いことから、統計的に不安定な推定である点を明記しています。実際、性別を調整因子として多変量モデルに組み込むと、性別自体は有意な独立因子とはなりませんでした。著者らは、この高い男性の値は標本サイズの小ささによる統計的な偶然(第二種の過誤)である可能性が高く、生物学的にタイ南部の男性特有のリスクとは言い切れないと述べています。

また、この研究は特定の対象者を無作為ではなく任意に募る「非確率抽出」であり、女性の参加割合が非常に高いという偏りがあります。著者らはこれについて、農村部タイでは地域の健康活動に女性が参加しやすい傾向を反映したものであり、結果の一般化には注意が必要だとしています。フレイル(虚弱)状態とサルコペニアの関連についても検討されましたが、調整後のモデルでは統計的な有意水準にはわずかに届きませんでした(p=0.068)。この研究は特定の3地区における横断的な調査であり、因果関係を証明するものではない点にも留意が必要です。

まとめると、この研究ではタイ南部ナコンシータマラート県の地域高齢者の約4人に1人がAWGS-2019基準でサルコペニアに該当し、高齢であること・低体重であることがリスクと関連し、一定の学歴・適正体重・定期的な運動習慣・良好な栄養状態がリスクの低さと関連することが示されました。著者らは、地域単位でのスクリーニングや、栄養状態の改善と運動プログラムを組み合わせた対策の重要性を指摘していますが、これは一つの地域を対象とした研究であり、結果がすべての集団に当てはまると確定したものではありません。

原著論文の著者・所属:Ratchaya Supalak(Center of Excellence in Tropical Pathobiology, Walailak University, Nakhon Si Thammarat 80160, Thailand)、Naparat Doungchan(Center of Excellence in Tropical Pathobiology, Walailak University, Nakhon Si Thammarat 80160, Thailand)、Arisa Sespheng(School of Medicine, Walailak University, Nakhon Si Thammarat 80160, Thailand)、Kornanong Yuenyongchaiwat(Physiotherapy Department, Faculty of Allied Health Sciences, Thammasat University, Pathumthani 12120, Thailand)、Stephen J. Scholand(Department of Medicine, University of Arizona, Tucson, AZ 85724, USA)、Chuchard Punsawad(Center of Excellence in Tropical Pathobiology, Walailak University, Nakhon Si Thammarat 80160, Thailand)

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Ratchaya Supalak, Naparat Doungchan, Arisa Sespheng, et al. Prevalence and Risk Factors of Sarcopenia Among Community-Dwelling Older Adults in Nakhon Si Thammarat, Thailand. インターナショナル・ジャーナル・オブ・エンバイロメンタル・リサーチ・アンド・パブリック・ヘルス (2026). DOI: 10.3390/ijerph23081040. 原著ライセンス: cc-by.