日本関連:この研究は海外機関を中心とする国際共同研究で、日本の研究機関に所属する共著者が参加しています。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜソバの遺伝資源を調べたのか
ソバ(Fagopyrum esculentum Moench)は、栄養価の高さや生態系への貢献、輪作や土壌の健全性への利点から評価されてきた作物です。生育期間が3〜4か月と短く、蜜源となって花粉媒介者を支え、人の食事ではグルテンを含まない穀類の代替になります。フランスのガレット、アルプスのピッツォッケリ、東欧のカーシャ、日本のそばなど、各地の食文化にも深く根づいています。
一方で著者らは、収量が低く年ごとのばらつきが大きいこと、種子の成熟がそろわないことが、農業のなかでの利用を制限してきたと指摘します。そのため品種改良が求められますが、改良を効率よく進めるには、まず利用できる遺伝資源が手元にあり、その遺伝的な中身が詳しく分かっている必要があります。この研究は、世界各地に由来するソバの大規模なコレクションを遺伝的に特徴づけ、あわせて研究者や育種家、農家が実際に使える形で種子を公開することを目的としています。
何を、どのように調べたか
研究チームが扱ったのは、170のソバ系統(アクセッション)からなるコレクションです。北米・南米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアと広い地域に由来し、なかでもヨーロッパと東アジア由来のものが多くを占めます。このうち9系統は自家和合性(自分の花粉で実を結べる性質)をもち、11系統は有限伸育性(茎の伸長が一定で止まる性質)を示しました。著者らは2019年から2023年にかけて、隔離テントを使った温室や圃場での栽培、他のソバ畑から1km以上離れた家庭菜園での栽培によって、他系統との交雑を防ぎながら種子を増やしました。
遺伝的な解析には、ddRADシーケンシングという手法が用いられました。ソバは自家不和合性、つまり自分の花粉では実を結びにくい性質をもつため、一つの系統は遺伝的に異なる個体の集まり(集団)です。そこで著者らは、個体ごとの型を読むのではなく、集団全体としてゲノム上の各地点にどの塩基がどれくらいの割合で現れるかを示す「ゲノム全体アレル頻度指紋(GWAFF)」を系統ごとに求めました。具体的には、各系統から無作為に選んだ100個体の葉を1枚ずつ集めて1つの試料にまとめ、これを2023年と2024年の2年にわたって行っています。得られたデータからは52,182か所のゲノム部位が解析に使われました。2年分の結果を比べたところ年による違いはほとんど見られず、同じ系統の異なる年の試料は、別系統の試料どうしより互いに近い関係にありました。著者らはこれを、手法の再現性の高さを示すものと述べています。
主な報告結果——7つの下位集団と、西ヨーロッパの例外
集団構造の解析では、コレクションはまず大きく2つのクラスターに分かれました。クラスター1は主にヨーロッパ由来、クラスター2は主にアジア由来の系統から成り、ヨーロッパの系統の90%がクラスター1に、アジアの系統はすべてクラスター2に対応しました。さらに細かく7つに分けると、アジア側は日本・韓国を中心とする下位集団と、中国・ネパールを中心とする下位集団に分かれ、ヨーロッパ側は東ヨーロッパ中心の下位集団と、西ヨーロッパ由来が中心の2つの下位集団に分かれました。後者の2つは種皮の色で区別でき、一方は銀色の種子、もう一方は茶色と黒色の種子をもつ系統から成っていました。残る2つの下位集団は、自家和合性の5系統から成るものと、遺伝子銀行や植物園から得られた来歴の多様な系統を多く含むものでした。
著者らが特に注目したのは、地域ごとの由来の違いです。アジアや東ヨーロッパの国々から集められた系統は、たいてい単一の下位集団にたどれます。しかし西ヨーロッパはその例外で、多くの国で複数の下位集団が共存し、どの下位集団にも明確に属さない混合的な由来の系統も多く見られました。著者らは、この地域では交易などを通じて遺伝資源が繰り返し持ち込まれ、地域の栽培や食の体系に取り込まれてきたと考えています。
遺伝的多様性の指標では、7つの下位集団のうち6つが0.30〜0.33の範囲にそろったのに対し、自家和合性の系統だけから成る下位集団は0.12と大きく低い値を示しました。また、集団間で特に大きく分化しているゲノム領域を調べると、その近くには開花期や光周期に関わるFRIGIDAなど、既に機能が知られている遺伝子が位置していました。ただし著者らは、こうした違いが遺伝的浮動によるものか選択によるものかを、この解析では区別できないと明記しています。
この研究が示すこと
著者らは、これらの結果から、ソバの多くの育種プログラムが利用可能な遺伝的多様性のごく一部にしか依拠していないと述べています。裏を返せば、異なる由来の遺伝素材を取り入れることで、各地の育種プログラムが扱える多様性を広げられる余地があるということです。また、GWAFFによる精密な遺伝的特徴づけは、ゲノム情報を活用した選抜など現代的な育種手法をソバに応用する道を開くものだとしています。
実際の利用につなげるため、コレクションのうち発芽率90%を超える良質な種子が得られた81系統が、スイス国立遺伝子銀行に寄託され、栽培や研究、育種のために公開されています。遺伝資源は集めて保存するだけでは十分でなく、中身が分かり、手に取れる状態になってはじめて作物の改良に生きる——この研究は、見過ごされてきた作物についてその条件を一つ整えた取り組みと言えます。
著者:Fabian Hess(Molecular Plant Breeding, Institute of Agricultural Sciences, ETH Zurich)、Lukas Kronenberg(Precision Phenotyping, Institute of Agricultural and Nutritional Science, Martin Luther University Halle-Wittenberg)、Steven Yates(Molecular Plant Breeding, Institute of Agricultural Sciences, ETH Zurich)、Daniel Ariza-Suárez(Molecular Plant Breeding, Institute of Agricultural Sciences, ETH Zurich)、Michelle M. Nay(Fodder Plant Breeding, Division of Plant Breeding, Agroscope)、Heidi Heuberger(Institute for Crop Science and Plant Breeding, Bavarian State Research Center for Agriculture, LfL)、Bianca Büttner(Institute for Crop Science and Plant Breeding, Bavarian State Research Center for Agriculture, LfL)、Friedrich J. Zeller(Plant Breeding, Centre for Food and Life Sciences Weihenstephan, Technical University of Munich)、Christian Eigenmann(Genetic Resources, Production Security and Animal Feed Unit, Federal Office for Agriculture FOAG)、Achim Walter(Crop Science, Institute of Agricultural Sciences, ETH Zurich)、Bruno Studer(Molecular Plant Breeding, Institute of Agricultural Sciences, ETH Zurich)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Fabian Hess, Lukas Kronenberg, Steven Yates, et al. Genetic characterization of a global collection of common buckwheat to harness genetic resources for agricultural diversity. Frontiers in Plant Science 2026-09-16. DOI: 10.3389/fpls.2026.1902211. 原著ライセンス:CC BY.