この研究は、ポーランド、イタリア、リトアニアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Zoonoses and Public Health
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を調べた研究か
住肉胞子虫(Sarcocystis)は、捕食者と被食者の二種類の動物を行き来して生活する寄生性の原虫です。イノシシやブタは、このうち被食者側(中間宿主)の役割を担い、少なくとも二種類の住肉胞子虫に感染しうることが知られています。一つは Sarcocystis miescheriana で、イヌやキツネ、オオカミといったイヌ科動物が終宿主となります。もう一つは Sarcocystis suihominis で、こちらは人が終宿主となる人獣共通感染症の原虫です。人は、この原虫の嚢子(シスト)を含む肉を生または加熱不十分な状態で食べることで感染し、腹痛や下痢、吐き気などの消化器症状を起こす腸管サルコシスチス症になることがあると報告されています。
研究チームによれば、ヨーロッパ各国ではイノシシにおける住肉胞子虫の保有率が高く報告されている一方で、二種を区別できる検査を行った研究では、人に感染する S. suihominis の検出率は低いか、確認されないことが多いとされています。またポーランドでは、イノシシは最も多く狩猟される野生獣であり、伝統的に生や加熱の少ない肉製品を食べる習慣が地域によって強く残っていることも、論文は背景として挙げています。こうした状況をふまえ、著者らは、ポーランドで食用として捕獲されたイノシシにこれら二種の住肉胞子虫がどの程度存在するのかを明らかにし、肉を食べる人にとってのリスクを評価することを研究の目的としました。
どのように調べたか
研究チームは、2022〜2023年と2023〜2024年の二つの狩猟シーズンに、ポーランドの16の県で食用として捕獲されたイノシシ合計241頭から横隔膜の筋肉を集めました。これらは旋毛虫(トリヒナ)の公的検査のために国立獣医研究所へ運ばれた検体で、検査終了後に残った組織を本研究に用いています。著者らは、あらかじめ頭数を設計して集めたのではなく、入手できた検体をそのまま使った「利便性標本」であると明記しています。
検出には、ミトコンドリアDNAのcox1という遺伝子を標的とするマルチプレックスPCR法が使われました。これは一度の反応で二種類の原虫のDNAを同時に検出し、増幅された断片の長さの違いから S. miescheriana と S. suihominis を区別できる手法です。さらに、S. suihominis が陽性となった個体のうち組織が残っていたものについては、筋肉をすりつぶして顕微鏡下でシストを一つずつ拾い上げ、個々のシストからDNAを取り出して遺伝子配列を読み、種の同定と系統解析を行いました。
主な報告結果
論文によると、241頭のうち217頭(90%)から S. miescheriana のDNAが検出されました。このうち8頭(3.3%)は S. suihominis にも同時に感染していました。S. miescheriana は調査対象となったすべての県で見つかったのに対し、S. suihominis 陽性のイノシシは、ポーランド西部および中部の4県(西ポモージェ、ヴィエルコポルスカ、ポモージェ、ウッチ)で捕獲された個体でした。ただし著者らは、狩猟シーズン間や県の間で S. suihominis の検出率に統計的に有意な差は認められなかったと述べ、陽性個体数が少ないため差を検出する力が限られていた可能性を指摘し、地域分布の解釈には注意が必要だとしています。
シストを一つずつ取り出す解析は、S. suihominis 陽性だった8頭のうち組織を回収できた3頭で行われ、合計37個のシストまたはその一部が得られました。このうち2個が S. suihominis と確認され、遺伝子配列は18S rRNA遺伝子で98.9〜100%、cox1遺伝子で98.7%の一致度を示しました。さらに13個について配列を読んだところ、12個が S. miescheriana と同定されました。残る1個は、cox1遺伝子で1053塩基対、18S rDNAで923塩基対の配列が得られましたが、既知のどの住肉胞子虫とも、それぞれ89.1%未満、95.6%未満の相同性しか示しませんでした。著者らは、これをイノシシを中間宿主とする未記載の住肉胞子虫の可能性がある種(推定新種)として報告しています。
著者らはまた、通常の食肉検査について、目視検査と旋毛虫の検出を目的とした消化法が中心であり、住肉胞子虫のシストは顕微鏡的な大きさのため見逃されるのが普通だと説明しています。加えて、S. suihominis と S. miescheriana のシストを形態だけで見分けるのは難しく、今回用いた分子生物学的手法が迅速で信頼性のある識別を可能にしたと述べています。
この報告が示すこと
この研究は、ポーランドで食用に捕獲されたイノシシについて、住肉胞子虫の種類を区別して調べた最初の報告だと著者らは位置づけています。イヌ科動物が終宿主となる S. miescheriana が非常に高い割合で広がっていること、そして人が終宿主となる S. suihominis が、低いながらも無視できない割合で存在することが示されました。
著者らは、イノシシが人の糞便由来の原虫に感染していたという事実は、人由来の胞子嚢による環境汚染がある程度存在することを示すものだと論じています。そのうえで、加熱不十分なイノシシ肉を食べる人にとってのリスクは否定できないと結論づけ、肉を十分に加熱することの重要性を伝える啓発と、環境汚染を防ぐ衛生対策の意義に言及しています。見過ごされやすい寄生虫の実態を、種のレベルで把握する手段が整いつつあることを示した報告といえます。
著者:Weronika Korpysa-Dzirba(Department of Parasitology and Invasive Diseases National Veterinary Research Institute Puławy Poland)、Selene Rubiola(Department of Veterinary Sciences University of Turin Torino Italy)、Ewa Bilska-Zając(Department of Parasitology and Invasive Diseases National Veterinary Research Institute Puławy Poland)、Francesco Chiesa(Department of Veterinary Sciences University of Turin Torino Italy)、Mirosław Różycki(Department of Preclinical Sciences and Infectious Diseases, Faculty of Veterinary Medicine and Animal Science Poznań University of Life Sciences Poznań Poland)、Aneta Bełcik(Department of Parasitology and Invasive Diseases National Veterinary Research Institute Puławy Poland)、Małgorzata Samorek-Pieróg(Department of Parasitology and Invasive Diseases National Veterinary Research Institute Puławy Poland)、Stella Lovisolo(Regione Piemonte Assessorato alla Sanità, Direzione Sanità‐Settore “Prevenzione, Sanità Pubblica, Veterinaria e Sicurezza Alimentare” Torino Italy)、Petras Prakas(Nature Research Centre Vilnius Lithuania)、Agnė Baranauskaitė(Nature Research Centre Vilnius Lithuania)、Jacek Karamon(Department of Parasitology and Invasive Diseases National Veterinary Research Institute Puławy Poland)、Jacek Sroka(Department of Health Biohazards and Parasitology Institute of Rural Health Lublin Poland)、Tomasz Cencek(Department of Parasitology and Invasive Diseases National Veterinary Research Institute Puławy Poland)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Weronika Korpysa-Dzirba, Selene Rubiola, Ewa Bilska-Zając, et al. Molecular Detection of Sarcocystis suihominis and Sarcocystis miescheriana in Wild Boars Hunted for Human Consumption in Poland Highlights a Potential Risk for the Consumer. Zoonoses and Public Health 2026-09-07. DOI: 10.1111/zph.70092. 原著ライセンス:CC BY.