私たちの腸の中には無数の細菌がすみ、互いに作った物質を分け合いながら生きています。ある菌が作った代謝物を別の菌が利用する『クロスフィーディング』と呼ばれる関係は、腸内細菌が織りなす生態系の重要な仕組みとされていますが、便を調べる従来の代謝物分析には大きな弱点がありました。便に含まれる物質の総量を測るだけでは、その物質が細菌の外側(腸の中の液の部分)にあるのか、それとも細菌の細胞の中にとどまっているのかを区別できず、『誰が作って誰が使っているのか』という関係を読み解くのが難しかったのです。今回、日本の研究機関に所属する研究者らを含むチームが、この壁を越えるための工夫を試みた研究を発表しました。
便を『壊さない状態』と『強く壊した状態』で比べる
研究チームは、健康な63名(男性31名、女性32名、平均年齢66.9歳、平均BMI22.6)から採取した便を凍結乾燥して粉末化し、同じ検体を2通りの方法で処理しました。ひとつは細胞をほとんど壊さない状態(細胞の外側にある物質=細胞外プールに近いとみなす)、もうひとつはビーズを使って強く物理的に破砕した状態(細胞内の物質も含めた総量=トータルプールとみなす)です。この2つの測定値の差を『細胞内プール』とみなし、短鎖脂肪酸、ポリアミン、水溶性ビタミンを定量しました。あわせて、便に含まれる細菌の種類や機能遺伝子をショットガンメタゲノム解析で調べ、代謝物のデータと突き合わせています。なお、破砕の手法が本当に細菌を壊せているかは別途検証されており、破砕前の上清からは細菌DNAがほとんど検出されず、破砕後には十分な量のDNAが回収されたことから、破砕処理が細胞を壊すのに有効であることが確認されています。一方でLDH(乳酸脱水素酵素)という酵素の活性は破砕後にむしろやや低下しており、この酵素を細胞破砕の指標として使うのは今回の便のサンプルでは難しいことも報告されています。またビタミンの測定値についても、破砕処理による分解の影響を補正するためのスパイク回収実験が行われています。
ビタミンは『閉じ込められるタイプ』と『外に出やすいタイプ』に分かれた
結果として、ビタミンの挙動には大きく2つのパターンが見つかりました。ビタミンB12の補酵素であるアデノシルコバラミンは、破砕しない状態ではほとんど検出されず、破砕して初めて検出されるという際立った特徴を示しました。これに加えてチアミン(ビタミンB1)やナイアシン(ビタミンB3)、メチルコバラミン、ピリドキサミンなども、破砕後の値が破砕前の10倍以上に増える『細胞内保持型(タイプ1)』に分類されています。これらは細菌の細胞内で補酵素として使われ続けている、あるいは外に出てもすぐに他の菌に使われてしまうために、外側にはほとんど残らないと考察されています。一方、ビオチン(ビタミンB7)、パントテン酸(ビタミンB5)、リボフラビン(ビタミンB2)は、破砕前の値が破砕後の総量の約4割を占めており、細胞の外にも一定量存在する『細胞外利用型(タイプ2)』とされました。なお、ピリドキサール、葉酸、ヒドロキソコバラミンについては破砕後にかえって検出率や濃度が下がるという一貫しない挙動が見られ、熱による分解など未解明の要因が影響している可能性が指摘されています。
特定の菌との結びつきも見えてきた
代謝物と腸内細菌の関連を調べたところ、タイプ1のチアミンはBlautia(ブラウティア属)という菌の量と負の相関(r=−0.31)を示しました。これは、この菌がチアミンを盛んに消費している可能性と矛盾しない結果だと説明されています。一方、タイプ2のビオチンは、破砕前・破砕後のどちらの測定でもAlistipes(アリスティペス属)と強い正の相関(いずれもr=0.56)を示しました。Alistipesは便のpHが低く、排便回数が少ない人でより多く見られる菌でもあり、著者らは、腸内のpHや、炭水化物を分解する発酵かたんぱく質を分解する発酵かといった『発酵の型』の違いが、こうした菌とビタミンの結びつきの背景にあるのではないかと考察しています。実際、ビオチンは分岐鎖脂肪酸(イソ酪酸やイソ吉草酸など、たんぱく質の発酵で増える物質)と正の相関を示す一方、酢酸や酪酸といった短鎖脂肪酸とは負の相関を示しており、たんぱく質発酵が優位な環境との関連がうかがえるとされています。また短鎖脂肪酸では、酪酸の産生菌として知られるFaecalibacterium(フィーカリバクテリウム属)と酪酸の間に強い正の相関(r>0.4)が見られたほか、ポリアミンのプトレスシンはBifidobacterium(ビフィズス菌属、r=0.34)やVeillonella(ベイヨネラ属、r=0.47)と正の相関を示しました。なお、属レベルでは見られた強い相関の多くが、同じ属に含まれる複数の菌種を個別に見ると弱まる現象も確認されており、AlistipesやBlautiaでは同じ属内の菌種同士がむしろ互いを排除し合うような分布(同一属内でのペアの4〜5割ほどが統計的に有意な排他関係)を示したことも報告されています。
この研究の位置づけと注意点
この研究は、便を壊す・壊さないという処理の違いを利用することで、代謝物が細胞の外にあるのか内にあるのかを区別する、実務的な分析の枠組みを示したものです。ただし著者ら自身が述べている通り、破砕しない状態はあくまで細胞外プールの『近似』であり、自然な菌の死滅やサンプル処理の過程で漏れ出す物質の影響を完全には排除できません。またビタミンによっては熱分解など原因不明の挙動を示すものもあり、測定手法にはなお改善の余地があるとされています。今回の対象は健康な63名に限られており、年齢や性別、牛乳摂取の有無といった生活習慣とビフィズス菌の量との関連についても、交絡(性別と牛乳摂取習慣が絡み合っている可能性など)に注意が必要だと著者らは指摘しています。あくまで一つの研究であり、腸内細菌どうしの物質のやりとりの全体像が解明されたわけではありません。
まとめ
この研究は、便の代謝物を『総量』としてひとまとめに測るのではなく、細胞の外と内に分けて測定することで、腸内細菌どうしがどのようにビタミンや短鎖脂肪酸をやりとりしているのかを推測する手がかりを示しました。ビタミンB12の補酵素であるアデノシルコバラミンのように細胞内にほぼ閉じ込められているものと、ビオチンのように細胞外にも存在するものとの違いが浮かび上がり、特定の菌との結びつきも見えてきましたが、これらはあくまで相関関係に基づく示唆であり、特定の食品や成分が腸内環境を改善すると断定するものではありません。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Masaaki Hirayama, Fuka Takame, Tetsuya Maeda, et al. Separating extracellular from intracellular fecal metabolites exposes cross-feeding architecture in the gut: exploring metabolite partitioning and ecological associations. ガット・マイクロブズ (2026). DOI: 10.1080/19490976.2026.2719062.