肥満は世界的に増え続けている健康課題ですが、その背景には食事の内容だけでなく、腸内に棲む細菌叢(腸内フローラ)の乱れも関わっているのではないかという研究が進められています。今回紹介する論文は、腸内細菌がどのような経路で体のエネルギー代謝に影響し、エネルギーの『摂取』と『消費』のバランスを崩して肥満につながりうるのかを、これまでの研究を整理してまとめたものです。

腸内細菌と肥満の関係が注目されたきっかけ

腸内細菌と肥満の関係を調べる研究は2004年に始まったとされています。無菌状態で飼育したマウス(GFマウス)と、通常の細菌を持つマウス(SPFマウス)に同じ多糖類の餌を与えて比較したところ、GFマウスの体脂肪量はSPFマウスより42%少なく、逆に食べる量は29%多かったと報告されています。さらに、SPFマウスの腸内細菌を生後8週の無菌マウスに移植して14日間観察したところ、移植を受けたマウスの体脂肪は約57%増加したとされ、腸内細菌が肥満に関わる重要な要因のひとつである可能性が示されました。

2006年には、遺伝的に肥満になるマウス(ob/obマウス)とその正常な同腹のマウスから腸内細菌を無菌マウスに移植する実験が行われ、肥満マウスの腸内細菌は「Firmicutes門」と「Bacteroidetes門」という2種類の細菌グループの比率(F/B比)が高く、移植後のマウスの体脂肪も約47%多かったと報告されています。この結果は、腸内細菌だけでも肥満のような状態を引き起こしうることを示すものとされました。また、大規模な人を対象とした調査でも、肥満の人はこのF/B比が高い傾向があることが確認されたとしています。

腸内細菌がエネルギー代謝に影響する4つの経路

論文では、腸内細菌の乱れがエネルギー代謝に影響する仕組みとして、主に4つの経路が説明されています。

  • 短鎖脂肪酸(SCFA):食物繊維など小腸で消化されなかった炭水化物を、大腸の細菌(主にFirmicutes門やBacteroidetes門)が発酵させることで作られる酢酸・プロピオン酸・酪酸などの物質です。酢酸は生成される短鎖脂肪酸全体の6割以上を占めるとされ、血液脳関門を通過して迷走神経を刺激し、血糖値と関係なくインスリンの分泌を促すことで脂肪の合成・蓄積につながる可能性があるとしています。また肝臓に運ばれた酢酸の一部は、ACSS2という酵素の働きで脂肪酸や中性脂肪の合成材料になるともされています。プロピオン酸は高脂肪食によって増加しやすく、交感神経を刺激してノルアドレナリンの放出を促し、肝臓での糖新生や、脂肪組織で作られるFABP4というタンパク質を介してインスリンの働きを妨げる経路が説明されています。酪酸は大腸の細胞のエネルギー源となり腸での栄養吸収を高めるほか、PPARγという経路を活性化して脂肪細胞への分化や脂肪合成を促す可能性が、Caco-2細胞(ヒト大腸上皮由来の培養細胞)やマウス、ヒトを対象とした研究から示されているとしています。
  • 胆汁酸とFXR・TGR5受容体:肝臓でコレステロールから作られる胆汁酸は、腸内細菌の働きでコール酸やケノデオキシコール酸、リトコール酸などに変換されます。腸内でFXRという受容体が活性化されると、胆汁酸の合成に関わる酵素(CYP7A1)の働きが抑えられる一方、脂肪の取り込みに関わるCD36やFATP4といった輸送体が増え、脂肪の吸収が進みやすくなる可能性があるとしています。また、胆汁酸が結合するTGR5という受容体は、腸での脂肪の吸収能力を高める方向に働くとされ、特に長期間の高脂肪食のもとではこの働きが強まり、摂取エネルギーの増加につながる可能性が指摘されています。
  • リポ多糖(LPS)による炎症:大腸菌やサルモネラ菌などグラム陰性菌の細胞壁外層に含まれるLPSは、腸内細菌のバランスが崩れて腸のバリア機能が弱まると血中に入り込みやすくなるとされています。LPSが細胞表面のTLR4などの複合体に結合すると、TNF-αやIL-6といった炎症性物質の産生を促す経路(NF-κBを介する経路など)が活性化され、慢性的な軽度の炎症を引き起こす可能性があるとしています。この炎症がインスリンの働きを妨げたり、褐色脂肪組織による熱産生(エネルギー消費)を抑えたりすることで、肥満につながりうるとされています。
  • レプチンとアディポネクチン:腸内細菌は、脂肪組織から分泌されるレプチン(食欲を抑えるホルモン)やアディポネクチン(代謝を調整するホルモン)の働きにも影響しうるとしています。腸内細菌の乱れによる慢性炎症が、脳の視床下部でのレプチンへの感受性を下げる「レプチン抵抗性」につながり、食欲が抑えられにくくなる可能性があるとされています。同様に、腸内細菌の乱れはアディポネクチンの分泌や働きも弱め、脂肪の分解や糖の利用が進みにくくなる可能性が説明されています。

この研究の位置づけと読むうえでの注意

この論文は、これまでに発表された動物実験や一部のヒトを対象とした研究の知見を整理してまとめた総説(レビュー)です。紹介されている数値や仕組みの多くはマウスなど動物実験、あるいは培養細胞を用いた研究に基づくものであり、ヒトの体で同じ効果が同程度に起こるかどうかは別途確認が必要です。著者自身も、短鎖脂肪酸や胆汁酸といった代謝物の効果には濃度や作用対象による違いがあり、複数の物質が組み合わさったときにどう作用し合うかはまだ十分に解明されていないと述べています。また、腸内細菌の働きに関わる経路同士の相互作用や、プロバイオティクス・プレバイオティクスといった腸内細菌を対象とした介入についても、まだ基礎研究の段階にあり、長期的な効果や個人差については今後さらに調べる必要があるとしています。

まとめ

この論文では、腸内細菌が短鎖脂肪酸、胆汁酸、リポ多糖、そしてレプチンやアディポネクチンといった複数の経路を通じてエネルギー代謝に関わり、肥満の発症に関与する可能性があると報告されています。著者は、今後は多様な解析技術を使いながら人ごとの腸内細菌の違いを踏まえた精密な介入方法を確立することや、食事による腸内細菌の調整と組み合わせた対策の研究が重要になると述べています。腸内細菌と肥満をめぐる研究はまだ発展途上であり、この論文もひとつの総説として、今後さらなる検証が必要な段階にあるといえます。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:肥満を駆動するエネルギー代謝の腸内細菌叢調節における中核メカニズムと研究の進展(国際生物学・生命科学誌・2026年08月)