「今日は立冬、暦の上では冬です」。毎年11月7日か8日の朝、天気予報がそう言うのを聞きながら、いつもの上着で出かけます。2026年の立冬は11月7日(土)。暦の上では、この日から立春の前日までが冬ですが、東京や大阪の街に冬が来た気配はまだありません。

その冬が、いまどこまで来ているかは、初雪の日で分かります。気象庁の平年値(1991〜2020年)で初雪の初日を見ると、札幌は10月28日、盛岡は11月9日で、立冬の前後に最初の雪が降ります。今年の立冬は北日本に寒気が入り、盛岡では平年より2日早く初雪が降りました。東京の初雪は平年1月3日、大阪は12月26日で、立冬からおよそ2か月のちです。「暦の上では冬」が実感と重なるのは、札幌や盛岡のあたりまでです。

立冬には、冬至のかぼちゃのような決まった食べ物がありません。それでも、この日を本当に一年の始まりとして迎える人たちがいます。茶の湯の人たちです。

茶室では、立冬に火が入る

立冬を迎えると、茶家は茶室の炉を開きます。夏のあいだ畳の上に置いていた風炉をしまい、畳を切って設けた炉に釜をかけます。そして、春に摘んで茶壺に蓄えておいた新茶の封を切り、使い始めます。これが「口切」です。表千家の説明では、茶の湯の世界は11月初旬、現在の暦での立冬をもって新しい年の始まりとし、この時期を茶の湯の正月と呼んで、庭の垣や樋の青竹を新しくし、畳を改め、障子を張り替えます。街にはまだ冬が来ていなくても、茶室には立冬の日に冬の火が入ります。

その炉開きの茶席に出す菓子が、亥の子餅です。もともとは旧暦10月の最初の亥の日「亥の子」に食べる餅で、今年の亥の子は立冬の2日後、11月9日(月)にあたります。亥の日は火難を逃れる日とされ、囲炉裏やこたつもこの日に開く慣わしがあると、和菓子店は説明しています。今年は、茶室の炉も家のこたつも、同じ週に火が入ります。

亥の子餅は、田から帰る神さまの餅

亥の子は、田の神さまが仕事を終えて帰る日といわれます。農林水産省の郷土料理の記録に載る和歌山県の「いのこ餅」では、農耕の神として祀られてきた亥は、旧暦2月の春の亥の子に田へ来て稲や麦をつくり、農事を終えると旧暦10月の秋の亥の子に帰っていく、というものです。稲作が盛んだった県北部では、収穫の終わった亥の日に実りへの感謝として、亥の神さまの好物、小豆のあんをつけた「いのこ餅」を供える習慣がありました。一升ますに平年は12個、うるう年には13個を入れて供えるのが決まりでした。

いま和菓子店に並ぶ亥の子餅は、店ごとに形も色も違います。亥の子(猪の子)の形に見立てて焼き目をつけた求肥(餅粉に砂糖を練り込んだ柔らかい生地)の餅もあれば、冬を告げる菓子として「氷」の色を映した真っ白な餅もあり、くるみを練り込んだ生地や、栗や柿を入れたあんのものもあります。11月に入ると店頭に並び、多くは亥の日までの販売で、日持ちも当日から3日ほどしかありません。

家で作るなら、里芋を炊き込む和歌山の餅

和歌山のいのこ餅は、米と里芋を一緒に炊いて、つぶして丸める餅です。うるち米と、その半分ほどのもち米に、皮をむいて小さく切り、さっとゆがいた里芋を入れて、やや固めに炊きます。熱いうちにすりこぎでよくつぶし、丸く平たくにぎって、塩を入れた小豆のつぶあんで包みます。農林水産省の記録の分量は15人分なので、4分の1にすると、米1カップともち米半カップに里芋125gと塩小さじ2分の1、あんは小豆100gに砂糖125gと塩小さじ4分の1で、4人分ほどになります。いまは砂糖を入れたあんですが、昔は砂糖を入れなかったといいます。冷めてもついた餅のように硬くならず、口当たりが良いのが持ち味です。

立冬は、冬が来るのを待つ日ではなく、冬を始める日です。札幌や盛岡には初雪が届き、茶室には炉の火が入り、2日後には亥の子餅を食べる日が来ます。この週末、亥の子餅を見かけたら、日持ちの短い菓子ですから、その日のうちに一つ。近くに売る店が無ければ、和歌山のいのこ餅を家で炊く手もあります。いつもの上着のままでも、お茶うけに冬の最初の餅を添えて、自分の冬を始めてみたら如何でしょうか。

※参考資料

以下の公開資料をもとにNutriMapが構成・執筆しました。