この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:International journal of molecular sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

何を目的とした研究か

胃潰瘍は身近な消化器の病気で、論文によれば発症は年々増える傾向にあり、生活の質を大きく損ないます。とくにアルコールは胃粘膜を傷つける代表的な要因で、過剰な飲酒が体内の活性酸素を増やし、酸化によるダメージから潰瘍につながると説明されています。治療薬はあるものの、胃腸の不調や肝腎への負担といった副作用が生じることがあり、そのため天然由来の成分に関心が集まっています。

この研究が扱ったのは「老香黄(ラオシャンホァン)」です。これは中国・嶺南地方に伝わる発酵食品で、新鮮な仏手柑を塩漬け・乾燥・加熱・糖漬けし、生薬を加えてさらに乾燥させたうえで、長期間密封して発酵させたものです。発酵の過程では微生物の代謝や酵素のはたらきが加わるため、発酵していない植物の多糖とは異なる構造や作用をもつ可能性があると著者らは述べています。ただし老香黄についてはこれまで香りの変化や製造技術の研究が中心で、含まれる成分のはたらきはよく分かっていませんでした。

著者らは以前の研究で、5年発酵させた老香黄から精製した多糖のうち「PFCP-2-1」と呼ばれる画分が、細胞実験で最も強い胃粘膜保護作用を示すことを確かめていました。そこで本研究では、この PFCP-2-1 がどのような構造をもつのかを詳しく調べ、さらにマウスを使って実際に胃粘膜を守るかどうかを検証しています。

どのように調べたか

まず構造の解析では、電子顕微鏡や原子間力顕微鏡で見た目の形を観察し、分子の大きさ、どの糖からできているか、糖どうしのつながり方などを、赤外分光や核磁気共鳴(NMR)といった複数の分析手法を組み合わせて調べました。多糖とは糖がたくさんつながった大きな分子のことで、その「部品」と「つなぎ方」を突き止める作業にあたります。

はたらきの検証では、KM系統のマウスにエタノールを与えて急性の胃粘膜損傷を起こすモデルを用いました。マウスには15日間、PFCP-2-1 を三段階の用量で経口投与し、比較対象として既存薬オメプラゾールを投与した群、無処置の正常群、損傷のみを起こしたモデル群を設けています。その後、潰瘍の程度や胃の組織像に加えて、血清中の抗酸化に関わる指標(SOD、MDA)、胃組織の防御因子(PGE2、TGF-α、MUC5AC)、細胞どうしを密着させるタンパク質(オクルディン、ZO-1)を測定しました。さらに腸内細菌の構成と、腸内細菌がつくる短鎖脂肪酸の量も調べています。

主な報告結果

構造については、PFCP-2-1 は平均分子量およそ749.38 kDa の大きな酸性多糖で、ガラクツロン酸が最も多く、次いでガラクトース、ラムノース、グルコースを含むと報告されました。糖のつなぎ方は16種類が確認され、NMR の解析から主鎖の構造が提案されています。

マウスの実験では、エタノールを与えたモデル群の胃には点状・線状の出血やびらんが広がり、潰瘍指数は68.17点に達しました。これに対し PFCP-2-1 を与えた群では損傷が明らかに軽く、とくに最も低い用量の群で潰瘍指数は15.67点まで下がり、潰瘍抑制率は77.02%と、比較薬の群を上回ったと報告されています。組織を染色して観察した像でも、この低用量群の胃腺は整然と並び、正常なマウスに最も近い状態でした。

生化学的な指標でも同様の傾向が見られました。モデル群で低下していた血清 SOD 活性は投与により回復し、酸化によるダメージの目安となる MDA は低下しました。胃粘膜を守るはたらきをもつ PGE2、粘液の主成分である MUC5AC、粘膜の修復に関わる TGF-α はいずれも、モデル群に比べて有意に増加しています。細胞間を密着させるオクルディンと ZO-1 の発現も回復しました。

腸内環境についても変化が報告されています。PFCP-2-1 の投与により、モデル群で偏っていた細菌の構成が調整され、酢酸・酪酸・吉草酸といった短鎖脂肪酸の量が増加しました。相関解析では、PGE2 やオクルディン、ZO-1 の値が吉草酸・酪酸と正の相関を示したとされています。

なお著者らは、最も低い用量がほぼすべての指標で中用量・高用量を上回るという、通常の薬理学的な予想とは異なる結果が得られた点を「興味深く、かつ注意を要する所見」として明示しています。その理由として、分子量が大きいために高濃度では粘度が上がり分子が集まりやすく、消化管での移動や吸収が妨げられる可能性などを仮説として挙げています。

この研究が示すこと

伝統的な発酵食品である老香黄から取り出した一つの多糖について、その化学構造を具体的に描き出したうえで、動物実験でエタノールによる胃粘膜損傷を和らげたことを報告した点が、この研究の中心です。抗酸化のはたらきや粘膜の防御因子、細胞どうしの密着、さらに腸内細菌と短鎖脂肪酸という複数の側面から観察が行われており、天然多糖の作用を構造と結びつけて理解しようとする試みになっています。

同時に、用量が少ないほど効果が大きいという想定外の関係や、NMR 解析上の制約、別のタイプの胃損傷モデルでも同じ結果になるかは分からないことなど、著者ら自身が課題として挙げている点も併せて示されています。長く食べ継がれてきた発酵食品の中身を分子のレベルまで分解して確かめる作業が、どのように進むのかを伝える一例といえます。

著者:Liu H(Guangdong Provincial Key Laboratory of Nutraceuticals and Functional Foods, College of Food Science, South China Agricultural University, Guangzhou 510642, China.)、Zhong C(Guangdong Provincial Key Laboratory of Nutraceuticals and Functional Foods, College of Food Science, South China Agricultural University, Guangzhou 510642, China.)、Yang D(Guangdong Provincial Key Laboratory of Nutraceuticals and Functional Foods, College of Food Science, South China Agricultural University, Guangzhou 510642, China.)、Wu Y(Guangdong Provincial Key Laboratory of Nutraceuticals and Functional Foods, College of Food Science, South China Agricultural University, Guangzhou 510642, China.)、Luo J(Guangdong Provincial Key Laboratory of Nutraceuticals and Functional Foods, College of Food Science, South China Agricultural University, Guangzhou 510642, China.)、Zhou A(Guangdong Provincial Key Laboratory of Nutraceuticals and Functional Foods, College of Food Science, South China Agricultural University, Guangzhou 510642, China.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Liu H, Zhong C, Yang D, et al. Structural Characterization and In Vivo Gastric Mucosal Protective Activity of a Polysaccharide from Laoxianghuang (Fermented Finger Citron) in Mice. International journal of molecular sciences 2026-09-05. DOI: 10.3390/ijms27177919. 原著ライセンス:CC BY.