肥満や糖尿病といった代謝の病気が世界的に増えていることは広く知られていますが、こうした「食べ物が豊富にある環境」が脳の健康、とりわけ認知症とどう関わっているのかは、まだよくわかっていません。個人の食事内容と認知症リスクを結びつけた研究はこれまでにもありましたが、国全体としての「食料の入手しやすさ」という大きな視点から認知症の負荷を調べた研究は限られていました。イタリア・メッシーナ大学の研究者らを中心とするグループが、109カ国分のデータを用いてこの関係を検証し、ニュートリエンツ誌に2026年8月に掲載予定の論文として報告しました。
この研究では、著者の一人が所属するタスマニア大学(オーストラリア)や、ボローニャ大学(イタリア)の研究者も名を連ねています。なお提供された情報の範囲では、日本の研究機関に所属する著者や、日本の食品・食習慣への言及は見当たりませんでした。
どうやって「食の豊かさ」と認知症の関係を調べたのか
研究チームは、国連食糧農業機関(FAO)の食料供給データをもとに、Zhao と You という研究者らが1990〜2018年の109カ国について推定した「一人当たりの食料利用可能量(1日あたり食品カテゴリー別のグラム数)」のデータを利用しました。これは実際に人々が食べた量ではなく、国全体で見たときに一人当たりどれだけの食料が供給されていたかを示す指標です。
この食料供給データのうち、2005年・2010年・2015年の3つの年(2018年の認知症の状況からそれぞれおよそ13年前・8年前・3年前にあたります)を取り出し、世界疾病負担研究(GBD)のデータベースから得た2018年時点の認知症の罹患率・有病率・死亡率(年齢調整済み、ICD-10のF00-F03・G30-G31に該当するもの)と結びつけて分析しました。あわせて、一人当たりGDP、平均寿命、65歳以上人口の割合、都市化率、大気汚染、多量飲酒、高BMI、高血糖、喫煙といった社会経済・環境・代謝に関する多数の指標で調整を行い、統計モデル(重回帰分析)を用いて関連の強さを調べています。国ごとの特定の1カ国に結果が引っ張られていないかを確かめるため、1カ国ずつ除外して再計算するという追加の検証も行われました。
何がわかったのか
調整をあまり行わない単純なモデルでは、食料供給量が多い国ほど認知症の罹患率・有病率・死亡率が高いという関連が見られ、特に2005年のデータでその傾向が目立ちました。しかし、社会経済・環境・代謝要因をすべて含めて調整すると、この2005年の関連はほとんど消えてしまいました(罹患率でp=0.071、有病率でp=0.067、死亡率でp=0.999と、統計的に意味のある差とは言えない水準)。
一方、2010年のデータでは、すべての要因で調整した後も、認知症の罹患率(p=0.004)と有病率(p=0.006)について統計的に意味のある関連が残りました。ただし死亡率との関連は見られませんでした。さらに、多重比較を考慮したより厳しい基準(ボンフェローニ補正、α=0.0056)で見直すと、罹患率との関連だけがこの厳しい基準もクリアしました。1カ国ずつ除外する検証でも、この2010年の罹患率・有病率の関連は特定の国に依存したものではないことが確認されています。2015年のデータでは、いずれの認知症の指標とも意味のある関連は見られませんでした。
研究チームは、2005・2010・2015年という3つの時点のデータが実は互いに強く相関していた点(例えば2010年と2015年のデータ同士の相関係数は0.964)にも触れています。つまりこれらは独立した別々の「曝露時期」というより、比較的安定した国の食料システムの特徴を、異なる時点で切り取って見ているに過ぎない可能性が高いとされています。そのため、「2010年前後の食料供給が特に重要な時期だ」と結論づけることはできないと著者らは述べています。また、食料供給量を2乗した項を加えて調べても、統計的に意味のある効果は見られず(すべてp≥0.155)、関連が単純な直線的な形から外れている証拠は得られなかったとしています。
この研究をどう読むか
著者らは、この研究がいわゆる「生態学的研究」であり、国単位の平均値を比較したものであることを強調しています。つまり、ある国で食料供給量が多いからといって、その国の個人が実際に食べ過ぎているとは限らず、また個人が認知症になりやすくなるという因果関係を示すものでもありません。国内での食料分配の格差や、食事の質(栄養バランスや加工度合いなど)の違いは、この一人当たり平均値には反映されていない点も限界として挙げられています。
さらに、低・中所得国ではデータの精度や網羅性が高所得国に比べて劣る可能性があること、医療へのアクセスや診断能力、統計の登録制度の違いといった、食事以外の要因が国ごとの認知症統計の差に影響している可能性も指摘されています。BMIや血糖値といった代謝関連の指標は、食生活と認知症を結ぶ「仲介役」として働いている可能性もあれば、単なる交絡要因である可能性もあり、両者を明確に区別できない点も限界として挙げられました。また、認知症の統計は2018年という1年分しか使っていないため、この関連が時間を通じて安定しているかどうかは今回の研究だけでは確認できていません。
まとめ
今回の研究は、国全体で見た食料供給の豊かさと認知症の罹患率・有病率との間に、社会経済や代謝の状況を考慮してもなお関連が見られる場合があることを示唆するものです。ただし、その関連は調整方法や見る年によって大きく変わり、著者ら自身も「独立した因果関係の証拠ではなく、国の食料システムに関わる構造的な特徴を映し出したものとして理解すべきだ」と述べています。一つの生態学的研究の結果であり、今後さらに長期にわたる追跡調査や、個人レベルでの生体指標を用いた研究が必要だとされています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Carmelo M. Vicario, Simona Massimino, Vanni Caruso, et al. Per-Capita Food Availability and Global Dementia Burden Across Multiple Exposure Windows. ニュートリエンツ (2026). DOI: 10.3390/nu18162700. 原著ライセンス: cc-by.