著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Plant Science Today
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
インド北東部マニプール州の伝統的な黒い香り米「チャクハオ(Chak-hao)」は、独特の香りと高いアントシアニン含量で知られ、鉄分やビタミンE、抗酸化成分に富む食材として評価されてきました。しかしこの在来品種は収量が低く、栽培期間が長いという課題も抱えています。今回紹介する研究は、この米の根や根の周囲の土壌(根圏)に棲む微生物に着目し、栽培や品質向上に役立つ可能性のある微生物を探索したものです。
研究チームにはマニプール州の中央農業大学(Central Agricultural University)に所属する著者に加え、ナガランド大学(Nagaland University)の複数の著者が名を連ねています。
マニプール4県のフィールドから微生物を集める
研究チームは2018〜2019年にかけて、マニプール州のインパール西、インパール東、ビシュヌプル、トウバルの4県を対象に、農家の圃場から4種類のチャクハオ品種(アムビ、アンガオバ、ポリエトン、センパック)と、比較用の高収量品種(タンファプー、サナプー、レイマプー)の根と根圏土壌を採取しました。各県15地点、計60地点というかなり広範囲な調査です。土壌のpHは県によって異なり、インパール西が最も酸性(4.1〜4.8)、トウバルが最も高い値(5.6〜6.7)を示しており、酸性の強い土壌ではBacillus属のような胞子を作る耐酸性菌が、pHがやや高い土壌ではPseudomonas属のような菌が優勢になりやすいのではないかと著者らは考察しています。
この調査から、細菌170株、糸状菌55株がチャクハオの根・根圏から分離されました(うち根圏由来が細菌101株・糸状菌40株、根の内部=内生菌由来が細菌69株・糸状菌15株)。比較対象の高収量品種からは細菌36株、糸状菌21株にとどまり、在来品種のチャクハオの方が微生物の多様性・量ともに豊かだったことがうかがえます。
植物の成長を助ける性質を持つ菌を選抜
分離した菌は、植物の成長を助けるとされるいくつかの性質について調べられました。具体的には、①土壌中の難溶性リン酸を溶かして植物が使える形に変える「リン酸可溶化」、②植物ホルモンの一種インドール-3-酢酸(IAA)を作る能力、③大気中の窒素を固定する能力、④イネの病原菌(Fusarium oxysporumやRhizoctonia solaniなど)の増殖を妨げる拮抗作用、の4点です。
その結果、細菌の51.94%がリン酸可溶化能を、41.26%がIAA産生能を、9.2%が窒素固定能を示しました。また細菌の一部はFusarium oxysporumに対して16.36%、Rhizoctonia solaniに対して58.10%が拮抗活性を示したと報告されています。これらの性質を複数備えた有望な菌株として、細菌18株・糸状菌10株が選抜されました。
さらに遺伝子配列(細菌は16SリボソームDNA、糸状菌はITS領域)を調べたところ、細菌はBacillus属、Enterobacter属、Pseudomonas属に、糸状菌はPenicillium属、Trichoderma属、Aspergillus属に近縁であることが分かり、細菌ではBacillus属が最も多く見つかりました。
実際の圃場で試すと収量とアロマ関連成分が向上
選抜した中から拮抗活性が確認された5菌株(Bacillus megaterium、Enterobacter asburiae、Bacillus flexus、Pseudomonas palleroniana、Bacillus subtilis)と、これら5菌株を混合した「コンソーシアム」を用意し、チャクハオ・ポリエトン品種の種子に接種して圃場試験を行いました。無処理の対照区を含む7つの処理区を設け、統計的に有意な差があるかを検証しています。
その結果、特にBacillus megaterium(T1)とBacillus flexus(T3)を接種した区で、無処理の対照区と比べて籾の収量・わらの収量ともに有意な増加が見られました。一方、5菌株を混合したコンソーシア処理(T6)は対照区と収量に有意差がなく、単独の菌株ほどの効果は見られませんでした。著者らは、複数菌株が同じ環境で栄養や場所を奪い合うなどして、うまく相乗効果を発揮できなかった可能性を考察しています。
また、収穫した米粒をガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)で調べたところ、脂肪酸やそのエステル、アルコール類、テルペノイド、抗酸化に関連する成分など複数の揮発性・生理活性成分が検出され、N-ヘキサデカン酸、ペンタデカン酸、L-(+)-アスコルビン酸2,6-ジヘキサデカノエートなどが主要な成分として確認されました。微生物を接種した区(T1、T3、T5、T6)では、無処理の対照区に比べてこれらの香りや抗酸化に関連する成分が多い傾向が見られたと報告されています。
この研究の位置づけと留意点
この研究はあくまで特定の地域・特定の品種を対象にした一つの調査であり、著者ら自身も、今回の菌の性質評価は定性的な予備スクリーニングにとどまると述べています。各菌のリン酸可溶化やIAA産生の効率を数値として詳しく比較するような定量的な生化学分析は今後の課題とされており、また香り成分と微生物処理との関係についても「予備的な結果であり、今後さらに詳しい検証が必要」と著者らは断っています。したがって、ここで示された収量やアロマ成分の増加がどの程度普遍的な効果なのか、他の品種や地域でも同様の結果が得られるのかは、今回の結果だけでは判断できません。
まとめ
この研究では、インド北東部の在来香り米チャクハオの根や土壌から多様な微生物が分離され、その一部にリン酸可溶化やIAA産生、病原菌への拮抗作用など植物の成長を助けるとされる性質が確認されました。選抜した菌株、特にBacillus megateriumとBacillus flexusを圃場で接種したところ、収量や香り・抗酸化関連成分の増加が観察されたと報告されています。著者らはこれらの在来微生物が、環境に配慮した生物肥料や生物防除資材として、チャクハオ米の持続可能な栽培や品質改善、そして貴重な在来品種の保全に役立つ可能性があるとしていますが、これは一つの研究による知見であり、実用化にはさらなる検証が必要とされています。
原著論文の著者・所属:T Elizabeth(Department of Plant Pathology, College of Agriculture, Central Agricultural University (CAU), Imphal 795 004, Manipur, India)、Chumchanbeni Ngullie(Department of Plant Pathology, School of Agricultural Sciences, Nagaland University, Medziphema 797 106, Nagaland, India)、B. R. R. P. Sinha(Department of Plant Pathology, School of Agricultural Sciences, Nagaland University, Medziphema 797 106, Nagaland, India)、A N Tiameren(Department of Plant Pathology, School of Agricultural Sciences, Nagaland University, Medziphema 797 106, Nagaland, India)、Hijam Meronbala Devi(Department of Plant Pathology, School of Agricultural Sciences, Nagaland University, Medziphema 797 106, Nagaland, India)
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):T Elizabeth, Chumchanbeni Ngullie, B. R. R. P. Sinha, et al. Uncovering the microbial diversity of Chak-hao rice: Isolation and characterisation of indigenous beneficial microbes in Manipur. プラント・サイエンス・トゥデイ (2026). DOI: 10.14719/pst.14335. 原著ライセンス: cc-by.