この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:親化合物だけを見ていてよいのか
イネは世界人口の半数以上の主食であり、その生産では病害虫防除のために農薬が広く使われています。近年、ミツバチなど非標的生物への影響を理由にネオニコチノイド系殺虫剤の使用が各国で制限され、代替となる薬剤が求められてきました。フロニカミドはピリジンカルボキサミド系の殺虫剤で、吸汁性害虫によく効き、天敵への影響が比較的小さいことから総合的病害虫管理の重要な選択肢になっていると、著者らは説明しています。中国ではイネ、リンゴ、チャ、キュウリなど28作物に登録され、300を超える製剤があるとされます。
著者らが問題としたのは「残留の定義」です。植物由来の農産物について、中国とFAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR)は親化合物であるフロニカミドだけを残留として数えますが、欧州連合と日本はフロニカミドに代謝物TFNAとTFNGを加えた合計をフロニカミド換算で数えます。さらにフロニカミドは「プロ殺虫剤」であり、殺虫作用は主に代謝物TFNA-AMに由来し、条件によっては親化合物より生物活性が高くなりうると報告されています。そのため親化合物だけを指標にすると、実際の残留量、ひいては食事からの摂取量を過小評価する恐れがある、というのが著者らの問題意識です。
フロニカミドの消失挙動や食事リスクはイネ、キュウリ、リンゴ、キャベツなどで調べられてきましたが、代謝物まで同時に測る方法は限られており、水田に散布した後の消失動態・最終残留・食事リスクについてはよく分かっていませんでした。そこで著者らは、イネの植物体・玄米・もみ殻・土壌・水の中でフロニカミドと3つの代謝物を同時に定量する分析法を確立し、圃場試験と室内試験の両方を行いました。
何を、どう調べたか
著者らはまず、超高速液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析(UHPLC-MS/MS、微量成分を分離して高感度で定量する手法)による分析法を組み立て、イネ植物体・もみ殻・玄米・水・土壌で回収率を検証しました。回収率は玄米・もみ殻・イネ植物体で73〜115%、水と土壌で73〜108%、相対標準偏差はそれぞれ1.1〜9.9%、1.3〜9.2%であり、農薬残留試験の指針の要求を満たしたと報告しています。
圃場試験は2024年5〜7月に中国浙江省寧波市の水田で、品種「甬秈15」を用いて行われました。消失動態の試験では、推奨最大量の1.5倍にあたる112.5 g有効成分/haを茎伸長期に1回散布し、イネ植物体・田面水・水田土壌を経時的に採取しています。最終残留の試験では、登熟期に推奨最大量(75 g有効成分/ha)または1.5倍量を1回散布し、散布後7日・14日・21日という収穫前日数ごとにわらと穂(玄米ともみ殻に分ける)を採取しました。
並行して室内試験も行われました。中国の湖南・吉林・浙江・河北の農地から採取した5種類の代表的土壌で、酸素のある好気条件と酸素のない嫌気条件に分けて分解を追跡し、さらに超純水およびpH 4・7・9の緩衝液を25℃と50℃に置いて加水分解を調べています。生成した変換生成物は、超高速液体クロマトグラフィー・四重極飛行時間型質量分析(UHPLC-Q-TOF/MS)によって推定されました。食事リスクは、玄米の最終残留値とWHOのGEMS/Foodによる中国住民の米の摂取量をもとに、性別と6つの年齢層を組み合わせた12の集団について評価されています。
報告された主な結果
圃場では、散布直後のフロニカミド濃度はイネ植物体3.11 mg/kg、田面水0.482 mg/kg、水田土壌0.087 mg/kgの順で、いずれも一次反応速度式に従って減っていきました。半減期はイネ植物体5.8日、田面水7.1日、水田土壌2.9日と報告されています。イネ植物体では3日以内に50%を超えて減り、7日で71.7%が消失しました。代謝物のうちTFNGがイネ植物体での主要な一次代謝物で、5日目に1.09 mg/kgの最大値を示し、TFNAは7日目に0.073 mg/kgで最大となりました。TFNA-AMは調査期間を通じて検出されず、著者らは圃場条件下で不安定であるか、検出限界を下回っている可能性を指摘しています。
室内試験では、フロニカミドは超純水、pH 4およびpH 7の緩衝液中でほぼ安定でしたが、アルカリ性が強まるほど、また温度が高いほど加水分解が速くなりました。5種類の土壌での半減期は、好気条件で0.8〜7.1日(最も速いのが潮土、最も遅いのが水田土壌)、嫌気条件では4.7〜17.8日と、いずれの土壌でも嫌気条件のほうがはるかに長くなりました。著者らは、試験した土壌では土壌pHと有機物含量が分解を左右する主な要因であり、アルカリ性が分解を促す効果のほうが有機物の効果を上回る可能性があると述べています。変換生成物は水と土壌から6種類が検出され、うち5種類は既報、1種類(M210)は本研究で初めて見いだされたもので、5,5-ジフルオロ-5H-ピリド[3,4-c]アゼピン-6,9-ジオンと暫定的に帰属されました。
収穫時の残留には部位ごとの違いがありました。わらではTFNGが親化合物より大幅に高い主要な残留成分となり、もみ殻では親化合物が最も高く、TFNA-AMはもみ殻でのみ低濃度で検出され、わらと玄米では検出されませんでした。著者らはこのことから、TFNA-AMは主に穀粒の外側の保護組織に分布すると考えられると述べています。玄米では、推奨最大量でフロニカミドが0.024〜0.035 mg/kg、TFNGが0.043〜0.15 mg/kg、1.5倍量でフロニカミドが0.049〜0.072 mg/kg、TFNGが0.090〜0.19 mg/kgでした。中国は玄米中のフロニカミド(親化合物)の残留基準値を0.1 mg/kgと定めており、本試験の散布条件では玄米の残留はこれを超えなかったと報告されています。
食事リスクの評価では、JMPRが定めた許容一日摂取量(ADI、生涯にわたり毎日とり続けても健康影響がないと考えられる量)である体重1 kgあたり0.07 mgを基準としました。親化合物だけで数えた場合、12集団の%ADIは0.128〜1.031%、EU・日本の定義にならってTFNAとTFNGを加えた場合は0.404〜3.808%で、後者は前者の2.3〜6.9倍にあたりますが、いずれも100%をはるかに下回りました。どちらの定義でも最も高い値は0〜35か月の乳幼児で示されています。著者らは、適正農業規範(GAP)に従ってイネの害虫防除にフロニカミドを使う限り、乳幼児を含むどの集団にも許容できない長期の食事リスクは生じないと結論づけています。
この研究が示すこと
著者らはいくつかの限界も明示しています。圃場試験は1シーズン・1地点でのみ行われたため、複数地点・複数シーズンでの検証が必要であること、室内の小規模系は根圏の作用や酸化還元状態の変動といった実際の水田土壌の複雑さを再現しきれないこと、そしてM210はTOF-MSによる暫定的な同定にとどまることです。また今回の評価は米の摂取だけを対象としており、登録されている全作物からの累積的な曝露は別途の検討を要すると述べられています。
この研究が示したのは、水田という土・水・作物が一体となった環境の中で、フロニカミドが部位や条件によって異なる速さで減り、異なる代謝物として姿を変えていくという具体的な姿です。同時に、親化合物だけを数えるか代謝物まで含めるかで推定される摂取量が数倍変わることを、実際の数値として示しました。残留をどう定義するかが評価結果を左右するという事実は、国ごとに異なる基準を照らし合わせるうえでの基礎的な情報になります。
著者:Yan Fu(Ningbo Academy of Agricultural Sciences, Ningbo 315043, China)、Quansheng Wang(Ningbo Academy of Agricultural Sciences, Ningbo 315043, China)、Liang Zhang(Ningbo Academy of Agricultural Sciences, Ningbo 315043, China)、Yinliang Wu(Ningbo Academy of Agricultural Sciences, Ningbo 315043, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Yan Fu, Quansheng Wang, Liang Zhang, et al. Residue Dissipation, Transformation Products, and Dietary Risk Assessment of Flonicamid in a Rice Paddy Ecosystem. Foods 2026-09-01. DOI: 10.3390/foods15173104. 原著ライセンス:CC BY.