この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ水分測定の手順を比べたのか
大豆、トウモロコシ、小麦は世界の食料生産と流通を支える主要な穀物です。なかでも水分量は、貯蔵中の安全性や加工のしやすさ、輸送、品質の保持に関わる重要な指標だと論文は説明しています。水分が多すぎれば微生物の繁殖やカビ毒の汚染、粒の固まり、栄養成分の劣化につながり、逆に少なすぎれば粒が割れやすくなったり、種子としての発芽力が落ちたりするとされています。
国際的な基準となる測定法は、試料を乾燥させて重さの変化から水分を求める「乾燥法(オーブン法)」です。ただしこの方法は試料を壊してしまい、1回の測定に数時間を要する手間のかかる作業だと著者らは指摘します。そこで注目されているのが近赤外分光法(NIRS)です。近赤外の光を当てたときの吸収の様子から成分量を推定する手法で、試料をほとんど加工せずに、壊さず速く測れる点が利点だと説明されています。水分については、水を構成するO–H結合に関わる吸収が手がかりになります。
ただし近赤外分光法では、測定した光のデータをそのまま使うのではなく、ノイズを取り除く「前処理」、水分と関係の深い波長を絞り込む「特徴波長選択」、そして水分量を計算する「回帰モデル」という三つの工程を組み合わせる必要があります。著者らによれば、これまでの研究は単一の穀物、単一の試料の形(粒か粉か)、あるいは限られた水分範囲に絞られたものが多く、複数の穀物と試料形態、そして分析の全工程をまとめて評価した研究は不足していました。この研究は、そうした比較を同じ実験条件のもとで行うことを目的としています。
何を、どのように調べたか
著者らは大豆、トウモロコシ、小麦を対象に、それぞれ13段階の水分レベルの試料を用意しました。異なるロットの試料を混ぜ合わせ、色が正常で機械的な傷やカビのない粒だけを選んだうえで、蒸留水を噴霧して混ぜ、4 °Cで1〜2日置いて水分を均一に行き渡らせる手順をとっています。準備した水分の範囲は大豆が6.65〜26.87%、トウモロコシが9.64〜29.32%、小麦が9.38〜25.72%で、収穫・貯蔵・加工の場面で起こりうる幅広い変動を想定したものです。実際の水分量は乾燥法で測り直して確認されました。
各水分レベルの試料は二つに分けられ、一方はそのままの粒の状態(全粒)、もう一方は約30秒挽いて粉にした状態(粉末)として、900〜1700 nmの波長範囲で近赤外スペクトルを取得しました。試料表面を4か所に分け、各位置で4回ずつ別々に取得する方法により、1つの水分レベルから16本のスペクトルを得ています。試料の形態ごとに208本、全体で1248本の生スペクトルが集められました。
分析工程としては、平滑化や散乱補正、微分処理を組み合わせた6種類の前処理戦略、3種類の特徴波長選択アルゴリズム(SPA、CARS、UVE)、3種類の回帰モデル(部分最小二乗回帰PLSR、サポートベクター回帰SVR、ランダムフォレストRF)を掛け合わせ、54通りの分析経路を構築しました。これを6つの対象(3種類の穀物 × 2つの試料形態)に適用したため、合計324回の独立したモデル構築と性能評価が行われています。評価には、予測値と実測値の一致度を示す相関係数(Rp、1に近いほど良い)と、予測の誤差の大きさを示すRMSEP(小さいほど良い)が用いられました。学習用と検証用のデータ分割は水分レベルごとにまとめて行い、同じ水分レベルの繰り返しスペクトルが両方に混ざらないようにして、情報の漏れによる過大評価を避けたと述べられています。
主な報告結果
まず生のスペクトルでは、3種類の穀物いずれにも900〜970 nmおよび1400〜1480 nm付近に明確な吸収の特徴が現れ、これは水のO–H結合に対応する領域だと報告されています。全粒試料は粉末試料に比べてベースラインの揺れが大きく、試料間の差も大きく、これは粒の内部構造が不均一で光の散乱が強くなるためだと著者らは説明しています。
この違いは数値でも示されました。同じ水分レベルで繰り返し取得した16本のスペクトルのばらつきを変動係数(CV)で評価すると、全粒の中央値は大豆17.43%、トウモロコシ29.73%、小麦17.47%で、対応する粉末試料(8.09%、7.27%、5.95%)より高い値でした。ばらつきは全粒が粉末のおよそ2.2倍(大豆)、4.1倍(トウモロコシ)、2.9倍(小麦)にあたります。統計的な検定では、トウモロコシと小麦で差が有意(それぞれp < 0.001、p = 0.006)で効果量も大きく、大豆では有意水準に達しなかった(p = 0.057)ものの、全粒のほうがばらつきが大きい傾向は見られたと報告されています。なおこのCVの分析は、スペクトルの安定性を評価するために行われたもので、回帰モデルの構築や性能評価には使われていません。
54通りの分析経路を比べた結果、著者らが強調しているのは、すべての対象に共通して最良となる組み合わせは見つからなかったという点です。最適な経路は穀物の種類と試料形態によってかなり異なり、また最高の性能を示した経路以外にも同程度の結果を出す組み合わせがいくつか存在しました。特徴波長選択についても、6つの代表的な最適経路で選ばれた波長の数は27〜52本と幅があり、CARSが4つの対象(大豆全粒、トウモロコシ粉末、小麦全粒、小麦粉末)で採用された一方、大豆粉末ではSPA、トウモロコシ全粒ではUVEが適していました。
大豆を例にとると、粉末試料ではMSC + D1の前処理、SPAによる波長選択、PLSRによるモデル化という組み合わせが最も高い性能を示し、Rpは0.9911、RMSEPは0.3663%でした。SNV + D1 + SPA + PLSRもこれに近い性能(Rp 0.9879、RMSEP 0.5003%)を示しています。一方、同じ大豆でも全粒試料ではSNV + D2 + CARS + SVRという別の組み合わせが最良で、Rpは0.9858、RMSEPは0.7341%でした。同じ穀物であっても、粒のままか粉にするかで適した手順が変わることを示す結果です。
この研究が示すこと
著者らはこの研究の狙いを、どこでも通用する唯一の最適モデルを探すことではなく、測定対象と分析手順の間にある対応関係を明らかにすることだと述べています。得られた比較結果をもとに、穀物の種類や試料の形態、用途に応じて適切な分析手順を選ぶための枠組みが提案されました。
つまり、近赤外分光法で穀物の水分を測るときに問われるのは「最強の手法はどれか」ではなく「この対象に合う手順はどれか」だという整理です。粉にすればスペクトルは安定しやすい一方、粒のまま壊さずに測りたい場面では、散乱や構造の違いを抑える前処理と波長選択の工夫が必要になる——そうした選択の勘所を、同一条件での横断的な比較によって示したことが、この研究の報告内容です。
著者:Chenxiao Li(College of Information Technology, Jilin Agricultural University, Changchun 130118, China)、Sheng Wang(College of Information Technology, Jilin Agricultural University, Changchun 130118, China)、Qinglong Zhao(College of Information Technology, Jilin Agricultural University, Changchun 130118, China)、Pei Wang(College of Information Technology, Jilin Agricultural University, Changchun 130118, China)、Qian Song(College of Physics, Jilin University, Changchun 130012, China)、Daping Fu(College of Engineering and Technology, Jilin Agricultural University, Changchun 130118, China)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Chenxiao Li, Sheng Wang, Qinglong Zhao, et al. Method Adaptation Patterns and a Selection Framework for Near-Infrared Spectroscopy-Based Moisture Prediction of Major Grain Crops. Foods 2026-08-31. DOI: 10.3390/foods15173093. 原著ライセンス:CC BY.