著者の所属・活動拠点の国は、トルコです。
掲載誌:Global Networks
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:台所の外にある「抵抗」を見る
食文化のグローバル化については、これまで二つの見方が中心でした。一つは、世界規模の外食チェーンや工業的な食品生産が広がり、各地の料理の多様性が失われていくという「均質化」の見方です。もう一つは、地域の人々が外から来たものを取り込み、自分たちらしく作り変えていくという「グローカル化」の見方です。
著者は、こうした研究の多くが都市での食べ方や料理の見せ方、つまり消費の場面に偏っていたと指摘します。本物の郷土料理を支えているのは、農村の生産者から食材が届く仕組みです。その仕組みがグローバル化でどう揺らぎ、料理人がどう対抗しているかは、十分に調べられてこなかったといいます。
そこで本研究は、伝統的なトルコ料理を守ろうとするイスタンブールの料理人に焦点を当てました。料理人が産地へのこだわりや小規模農家とのつながりを、食の画一化に抵抗する手段としてどう使っているのかを調べています。ここでいう産地へのこだわりは、土地ごとの気候や風土が食材の個性を生むという「テロワール」の考え方にあたります。
調べたこと:30人の料理人への聞き取り
著者は、イスタンブールで働く30人のプロの料理人に、2025年の終わりごろ聞き取り調査を行いました。質問の大枠を決めつつ自由に語ってもらう「半構造化インタビュー」という方法で、面接はそれぞれの料理人のレストランで実施されています。
対象者は条件に合う人を意図的に選んでいます。条件は、出身地域に根ざした伝統料理を提供していること、アナトリア地方の小規模生産者から食材を仕入れていること、伝統の継承を大切にしていること、そして料理人として10年以上の経験があることです。学校で学んだか、師弟関係で修業したかは区別していません。
著者は語られた内容を細かく読み込み、繰り返し現れる考え方を整理して、いくつかのテーマにまとめました。一方で、30人のうち女性は5人にとどまります。そのため、結果は男性料理人の視点に寄っている可能性があると、著者自身が限界として記しています。
主な結果:混ざり合いの歴史と、仕入れを通じた抵抗
まず料理人たちは、トルコ料理を「さまざまな文化が混ざり合ってできた料理」と捉えていました。中央アジアの遊牧の食文化に、アナトリアに暮らしたギリシャ系、アルメニア系、ユダヤ系などの人々の影響が加わったという理解です。さらにオスマン帝国の宮廷料理の中で、それがまとまっていったと語られています。この点から著者は、帝国の歴史を持つ社会では、文化の混ざり合いはグローバル化によって後から起きたものではないと論じます。むしろ料理文化の出発点そのものだというのです。「均質化か多様化か」という二択では、こうした社会の料理を十分に説明できないと主張しています。
同時に料理人たちは、グローバル化の圧力も実感していました。若い世代が寿司やファストフードに親しみ、伝統料理を選ばなくなっているという声が聞かれています。
これに対し料理人たちがとっていたのが、大規模な流通網を通さず、アナトリアの小規模生産者から直接食材を買うという方法です。たとえば、バターは黒海沿岸のリゼ産にこだわる、豆は自分のルーツの地域から取り寄せる、といった選択です。費用が高くついても、こうした仕入れが続けられていました。著者はこれを、単なる味や見た目のこだわりとは見ていません。農村の暮らしや作物の多様性を支え、効率と画一性を重んじる工業的な食の仕組みに逆らう経済的な行動だと位置づけています。
著者は、この都市の料理人と農村の生産者の結びつきを「農村と都市の連帯の網の目」と名付けました。食の伝統を国や地域の誇りとして守ろうとする動きは、これまで主にEUを舞台に論じられてきました。EUでは、原産地呼称保護のような法的な制度がその動きを支えています。トルコではそうした制度の後ろ盾がなくても、料理人の非公式なネットワークや土地への愛着、生産者との直接の取引によって、同じような動きが成り立っていると著者は述べています。また、オスマン宮廷が各地の名産品を選んで取り寄せていた歴史に触れています。そのうえで、現代の料理人の産地へのこだわりは、その仕入れの考え方を受け継ぎ、新たな意味を与えたものだと解釈しています。
この研究が示すこと
この研究の要点は、食のグローバル化への抵抗が厨房の中だけで起きているわけではないという見方にあります。食材をどこから、誰から仕入れるかという流通の選択こそが抵抗の主な舞台になりうる、と著者は論じています。料理人は伝統の守り手であるだけでなく、都市の食卓と農村の生産者をつなぐ存在として描かれています。著者は、トルコの事例から導いたこの枠組みが、同じように帝国の歴史を持つ他の地域の食文化を考える際にも役立つとしています。
原著論文の著者・所属:Berfin Varışlı(Department of Sociology, FASS Maltepe University İstanbul Türkiye)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Berfin Varışlı. Culinary Resistance Beyond Gastronationalism: Terroir, Smallholder Networks and the Ottoman Roots of Agrarian–Urban Solidarity in Turkey. Global Networks 2026-08-31. DOI: 10.1111/glob.70076. 原著ライセンス:CC BY.