ほうれん草やタケノコ、生姜、ナッツ、コーヒー、緑茶などには、シュウ酸という有機酸が含まれています。ふだんの食生活で口にする程度であれば大きな問題になることは少ないとされますが、過剰に摂取すると体に悪影響を及ぼす可能性があり、尿路結石症の原因の一つとしても知られています。また、シュウ酸は「渋味」や「えぐみ」として感じられる味の要因でもあります。こうした背景から、食品からシュウ酸を減らす加工技術が求められてきました。
従来は、食品を茹でて水に溶け出させたり、カルシウムと反応させて沈殿させて取り除いたりする方法が使われてきました。しかし、これらの方法には除去できる量に限界があるほか、工程が煩雑になったり、加熱によって栄養成分が失われたりするという課題がありました。そこで近年、シュウ酸オキシダーゼ(OXO)やシュウ酸デカルボキシラーゼ(OXDC)といった酵素を使ってシュウ酸を分解する方法が報告されています。ただしこの酵素反応では、副産物としてギ酸と過酸化水素が生じてしまいます。ギ酸は鋭い酸味を持ち味覚上好ましくなく、過酸化水素も高濃度になると健康への影響が懸念されるため、これらの副産物をどう減らすかが新たな課題となっていました。
研究でわかったこと
この研究では、大腸菌を宿主として、Bacillus velezensis またはCeriporiopsis subvermispora由来のOXDC・OXO遺伝子を組み換え、あわせて宿主(大腸菌)由来のカタラーゼとギ酸デヒドロゲナーゼを適切な活性値で含む酵素製剤を作製しました。カタラーゼは過酸化水素を分解する酵素、ギ酸デヒドロゲナーゼはギ酸を分解する酵素で、これらをOXDC・OXOと組み合わせることで、シュウ酸分解時に生じる副産物をあわせて低減させる狙いです。
さらに研究チームは、食品素材そのものにもこうした分解酵素が含まれていないかを調べ、ほうれん草の中にカタラーゼとギ酸デヒドロゲナーゼの活性が実際に含まれていることを確認しました。そのうえで、開発したOXDC・OXO酵素製剤をほうれん草の搾汁に反応させ、シュウ酸・過酸化水素・ギ酸の濃度変化と味覚の変化を評価しました。その結果、ほうれん草搾汁中のシュウ酸と副産物(ギ酸・過酸化水素)はいずれも低い濃度まで分解され、苦みや渋みが低減された搾汁が得られたと報告されています。
この研究の位置づけと読むうえでの注意
この発表は日本食品科学工学会大会の講演要旨として公表されたもので、著者にはNaho Araya氏、Yuto Kawamura氏、Kyoko Iizaka(Morie)氏をはじめとする、日本の研究機関に所属する研究者が含まれています。対象となった食品はほうれん草の搾汁であり、今回確認されたのはほうれん草という一つの食品素材における結果です。今回の要旨からは、他の食品への適用範囲や、実際の製造工程への実装可能性、長期的な安全性評価といった詳細までは読み取れません。一つの研究発表であり、この結果だけで技術としての実用化や効果が確定したわけではない点に留意が必要です。
まとめ
本研究は、シュウ酸を分解する酵素(OXDC・OXO)に加え、その反応で生じる副産物であるギ酸と過酸化水素を分解する酵素(ギ酸デヒドロゲナーゼ、カタラーゼ)を組み合わせることで、シュウ酸と副産物をあわせて低減できる可能性を示したものです。ほうれん草に含まれる酵素活性を活用した検証でも、苦みや渋みが抑えられた搾汁が得られたと報告されており、今後の食品加工技術の一つの選択肢として注目されます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Naho Araya, Yuto Kawamura, Kyoko Iizaka (Morie), et al. シュウ酸およびギ酸・過酸化水素の酵素的低減を利用した食品製造法の開発. 日本食品科学工学会大会講演要旨集 (2026). DOI: 10.3136/aamjsfst.72.0_307.