著者の所属・活動拠点の国は、マレーシアです。

掲載誌:The International Review of Multidisciplinary Research

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:知識があっても減塩が続かない理由を探る

塩分のとりすぎは、慢性的な高血圧の要因のうち、生活の中で変えられるものの一つとされています。世界保健機関(WHO)は1日の食塩摂取量を5グラム未満にするよう勧めていますが、論文によると、マレーシアの平均摂取量はこの目安を上回っています。また、高血圧の人の多くは塩分の危険性を知っていながら、日々の食生活を変えられていないことも指摘されています。

研究チームはこの「分かっているのに変えられない」状況に注目しました。本人の意志や医療者の指導だけでなく、家族の台所事情、地域の食品の売られ方、食文化といった周囲の環境が、減塩をどう難しくしているのかを明らかにすることが目的です。論文では、人の行動を形づくるこうした周囲の仕組みを「行動の構造(behavioral architecture)」と呼んでいます。

何をどう調べたか

研究はマレーシア・サバ州の3地区(コタ・マルドゥ、ラナウ、テルピッド)で行われました。対象は、高血圧と診断され、家庭での食料品の購入や料理を主に、あるいは家族と分担して担っている成人10人です。男性4人、女性6人で、年齢は38〜67歳、マレーシア華人、バジャウ、カダザン・ドゥスンなど、さまざまな民族の人が含まれていました。

著者らは、あらかじめ大まかな質問を用意しつつ、相手の話に合わせて自由に掘り下げる「半構造化インタビュー」を行いました。数値で効果を測る研究ではなく、人々の語りから共通するテーマを見つけ出す「質的研究」です。語りを一字一句書き起こし、繰り返し出てくる考えや困りごとを分類しました。そのうえで、個人・家族や地域・社会全体という層に分けて健康行動を捉える「社会生態学モデル」と、保健施策を現場に定着させる条件を整理する枠組み(CFIR 2.0)に照らして整理しています。人数は統計的な代表性ではなく、新しい論点が出なくなるまで話を聞くという考え方で決められました。

主な結果:減塩を阻む4つの層

著者らは、減塩を難しくしている要因として、四つの主要なテーマを報告しています。一つ目は、地域の食品の手に入りやすさです。参加者は、干し魚や缶詰のイワシ、インスタント麺は安くて日持ちする一方、新鮮で塩分の少ない肉は値段が倍ほどすると語りました。近所の小さな商店には塩辛いスナックや加工ソースが並び、「減塩」と表示された商品はほとんど見つからないという声もありました。論文によると、インタビューの90%で、家庭での調理にまつわる構造的な負担が大きな障害として挙がりました。

二つ目は、家族で同じ食事を分け合う習慣と周囲の期待です。7人家族の料理を担う参加者は、伝統的な魚醤や醤油を入れないと家族に「病院食のようだ」と不満を言われ、毎晩別々の料理を作ることもできないため、家族と同じものを食べていると話しました。親族の集まりで塩漬けの魚料理を断ると、和を乱す人だと見られるという語りもありました。

三つ目は、家族の支えのあり方です。家の年長者が台所に入る食材について最終的な決定権を持ち、保存や味付けのために塩を多く使うよう求められると、反論が難しいといいます。家族の協力がないまま自分だけ減塩しようとすると、孤立感を覚えるという声も聞かれました。

四つ目は、文化的な伝統への思いと、知識を実践に移す難しさです。論文によると、参加者の80%は塩分のとりすぎが心臓病のリスクを高めることを理解していました。それでも、大鍋で作る伝統的なスープや屋台の料理で「1日5グラム」をどう数えればよいのか分からず、小さな文字の栄養表示も読みにくく、数えることに疲れてしまうと語られています。何世代も続いてきた調理法を前に、塩だけが高血圧の原因だとは信じにくいという声もありました。

研究が示すこと

著者らは、減塩が続かない背景を、本人の意欲が足りないからではなく、周囲の環境や選択肢のあり方によるものだと結論づけています。そのため、患者一人に知識を教える指導だけでは不十分だと論じ、家族の料理担当者や年長者を巻き込んだ支援、地元の調理に合わせた色分けの計量スプーンや現地の言葉による視覚的な案内、地域の商店で手頃な減塩食品を扱いやすくする施策などを提案しています。

この研究は、減塩を個人の努力の問題として片づけず、家族の食卓、地域の店の品ぞろえ、受け継がれてきた食文化と結びつけて捉える必要があることを、サバ州で暮らす高血圧の人々自身の言葉を通して示しています。

原著論文の著者・所属:Makdi Masnoddin(Universiti Malaysia Sabah)、Alice Thomas(Universiti Sains Malaysia)、Muhammad Izzuddin Rumaling(Universiti Malaysia Sabah)、Michael Steve S Salag(Universiti Malaysia Sabah)、Suriati Mohamed(Universiti Malaysia Sabah)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Makdi Masnoddin, Alice Thomas, Muhammad Izzuddin Rumaling, et al. The Behavioral Architecture of Dietary Salt Reduction Among Hypertensive Population in Sabah, Malaysia: A Descriptive Qualitative Inquiry. The International Review of Multidisciplinary Research 2026-08-17. DOI: 10.67167/vertex.701. 原著ライセンス:CC BY.