中国福建省の武夷山で作られる「武夷肉桂(ウーイーロウグイ)」は、半発酵の烏龍茶の一種で、独特の「岩韻(がんいん)」と呼ばれる厚みのある味わいと、シナモンを思わせる香りが特徴とされています。この風味の仕上げに欠かせない工程が「焙煎」ですが、焙煎の進み具合によって茶の中の成分がどのように変化し、それが香りや味の変化とどう結びついているのかは、これまで十分に解明されていませんでした。今回、福建省武夷学院などの研究者らによるチームが、焙煎の段階ごとにサンプルを採取し、官能評価と化学分析を組み合わせて、この関係を詳しく調べました。

どのように調べたのか

研究では、武夷山の茶園で収穫した「肉桂」の生葉を萎凋・做青・殺青・揉捻・乾燥という通常の烏龍茶製法で仕上げた後、110〜115℃での焙煎を段階的に行いました。具体的には、初回焙煎(1時間、RGZS)に続き、約45日おきに16時間ずつの焙煎を3回繰り返し(RG1O、RG2O、RG3O)、それぞれの段階でサンプルを採取しています。評価には、5〜20年の経験を持つ茶審査資格保有者7名(女性4名・男性3名)による官能評価に加え、電子舌・電子鼻・電子眼といった機器分析も用いられました。さらに、GC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)による香り成分の分析、液体クロマトグラフィーによる非揮発性成分(カテキン類やアミノ酸など)の分析、そして特定の呈味成分が受容体とどのように結合しうるかを予測する分子ドッキングという計算手法も組み合わされました。

研究でわかったこと

官能評価の結果、焙煎が進むにつれて香りは「青々しく花のような香り」から次第に「シナモンのような香り」、そして最終的には「焙煎香」が際立つ方向へと変化していきました。特に2回目の追加焙煎段階(RG2O)では、花のような香りとフルーティな香りが最大となり、シナモンらしさも際立つなど、官能的なバランスが最も良いと評価されています。味については、焙煎が進むほど「濃厚さ(厚み)」や強さが増す一方、渋みはRG2Oで最も弱まり、最終段階(RG3O)では再び渋みや酸味が増す傾向がみられました。

化学分析では、GC-MSによって362種類もの揮発性成分(香りのもと)が同定され、エステル類(97種、全体の27.0%)、テルペン類(62種、17.3%)、複素環化合物(41種、11.4%)が主な成分群を占めていました。焙煎が進むにつれて総揮発性成分量は減少し、その減少幅は焙煎段階全体でおよそ25.08%に達したといいます。また、OAV(においの活性値、成分濃度をにおいの閾値で割った指標)やVIP分析(統計モデル上で影響の大きい成分を絞り込む手法)を通じて、1-ノネン-3-オンやピラジン類などの成分が、ミネラル感や焙煎香の違いに関与している可能性が示されました。

味の面では、没食子酸(ガリック酸)、ガロカテキンガレート(GCG)、テアブラウニン(茶褐素)といった成分が「厚み」などの味わいと関連づけられました。さらに注目されるのは、焙煎によって茶葉の細胞壁を構成するプロトペクチン(不溶性のペクチン)が、水溶性のペクチンへと変化していた点です。この変化が、茶の液体としての粘性や口当たりの「とろみ」に関わっている可能性が指摘されています。加えて、分子ドッキングによる予測では、没食子酸やGCGが、コク(うま味を超えた持続的な味わいの厚み)の知覚に関わるとされるカルシウム感知受容体(CaSR)と相互作用しうることが示唆されました。ただしこれはあくまで計算上の予測であり、実際に受容体を活性化させることを直接証明したものではないと著者らは断っています。

この研究をどう読むか

この研究は、武夷肉桂茶という特定の茶葉・特定の焙煎条件(110〜115℃、複数回の長時間焙煎)のもとで得られた結果であり、他の烏龍茶や異なる焙煎方法にそのまま当てはまるとは限りません。また、分子ドッキングによる受容体との結合予測は計算科学的な推定であって、ヒトが実際に「コク」を感じるメカニズムそのものを証明したものではない点にも注意が必要です。あくまで一つの研究成果であり、茶の風味形成についての理解を深める手がかりの一つと捉えるのが適切でしょう。

まとめ

今回の研究は、武夷肉桂茶の焙煎による風味の変化を、官能評価と多角的な化学分析を組み合わせて追跡したものです。焙煎の進行とともに香り成分が大きく減少・変化する一方、茶葉のペクチン成分が水溶性化することで口当たりの厚みに関わりうること、また没食子酸やGCGといった呈味成分がコクの知覚に関係する受容体と結合しうることが示唆されました。焙煎という伝統的な製茶工程の背後にある化学的なメカニズムを解明しようとする、基礎研究としての意義を持つ報告といえます。

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Hua Feng, Jiawei Yan, Yiting Liu, et al. Roasting-driven flavor reconstruction in Wuyi Rougui tea: a dual mechanism of pectin-mediated thickening and metabolite remodeling. フロンティアーズ・イン・プラント・サイエンス (2026). DOI: 10.3389/fpls.2026.1938406.