著者の所属・活動拠点の国は、ウクライナ、バングラデシュ、マレーシア、リトアニアです。
掲載誌:Ukrainian Food Journal
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ「小売段階のロス」に注目したのか
世界全体では全人口をまかなえるだけの食料が生産されているとされる一方で、十分な栄養を得られない人は今も数億人規模にのぼります。食料の多くが途中で失われていることは以前から指摘されてきましたが、これまでの研究の多くは、農場から食卓までのロスをひとまとめに扱うか、先進国の小売店でのロスを対象とするものでした。
この論文の著者らは、途上国の小売・流通段階で失われる食品に焦点を当てました。著者らによれば、小売段階は消費者に最も近い場所であり、ここで捨てられる食品は、本来であれば食べ物を必要とする人々の手に届いていた可能性があるからです。研究チームは、小売段階で失われるカロリーの割合が途上国の栄養不足の広がりとどの程度関係しているのかを、所得や農業生産、物価といった他の要因と比較しながら調べることを目的としました。
30か国・13年分のデータで分析
研究チームは、南アジア、東南アジア、サハラ以南アフリカ、中東・北アフリカ、中南米の途上国30か国について、2010年から2022年までのデータを、国連と世界銀行のデータベースから集めました。対象国には、バングラデシュ、インド、ケニア、エチオピア、ボリビア、エジプトなどが含まれています。
分析の中心となる指標は二つです。一つは「栄養不足蔓延率」で、人口のうち必要なエネルギーを食事から十分に得られていない人の割合を示します。もう一つは、小売・流通段階で失われる食品のカロリーの割合です。これに加えて、1人当たりGDP、インフレ率、食料生産指数、経済に占める農林水産業の割合も考慮に入れました。
手法としては、複数の国の複数年のデータを組み合わせて扱う「パネルデータ分析」を用いました。すべての国をひとまとめにして計算する方法に加え、各国に固有で数値に表れにくい事情(制度や地理的条件など)の影響を取り除くことができるモデルも使い、どのモデルが適しているかを統計的な検定で比較しています。
ロスが多いほど栄養不足が多いという関連
著者らが主要な結果として示したのは、小売段階でのカロリーのロスが大きいほど、栄養不足の割合も高いという正の関連です。各国固有の事情を考慮した二つのモデルでは、ロスの指標の係数がそれぞれ約1.65と約1.37となり、いずれも統計的に意味のある水準でした。
一方で、国ごとの違いを考慮せずに全データをひとまとめにして分析すると、関係は逆向きに表れました。著者らはこの食い違いについて、各国に固有の要因を考慮することの重要性を示すものだと述べています。
ほかの要因では、1人当たりGDPが高いほど栄養不足が少ないという関連が統計的に確認されました。インフレ率、食料生産指数、農林水産業の割合については、著者らが重視したモデルでは統計的に意味のある影響は見られませんでした。
国別に見ると、ザンビア、ルワンダ、モザンビーク、ウガンダでは栄養不足の割合が平均で27%を超えていました。また、ボリビアとニカラグアは東アフリカの国々に近い水準を示しており、所得だけでは栄養不足を説明しきれないことを著者らは指摘しています。小売段階のロスはエクアドル、ヨルダン、インドネシアなどで大きく、栄養不足が最も深刻なザンビアやマラウイではむしろ小さいという結果になりました。地域別では、サハラ以南アフリカと中東・北アフリカがいずれも約19〜20%と同程度の栄養不足を示しています。著者らは、似た水準の栄養不足でも、その背景にある仕組みは地域によって異なる可能性があると述べています。
著者らは、ロスを半分に減らした場合の試算も示しています。バングラデシュでは、2022年の小売段階のロスの半分を防いだ場合、取り戻せるエネルギーは1日2,000キロカロリーを基準とした場合のおよそ293万人分の年間必要量に相当するとしています。ただし、この2,000キロカロリーは比較のための目安であり、実際に必要なエネルギー量は年齢や体格、活動量によって異なることも論文は明記しています。
食品ロスは資源の無駄にとどまらない
この研究が示しているのは、途上国において小売段階の食品ロスと栄養不足の広がりとの間に関連が見られるということです。これは因果関係を直接証明したものではありませんが、著者らは、消費者に届く前に失われる食品が食料の手に入りやすさを損ない、食料不安の一因となっている可能性があると論じています。
著者らは結論として、効率的なサプライチェーンや低温での流通管理、余剰食品の再分配などを通じて小売段階のロスを減らすことが食料安全保障の向上につながりうるとし、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の「飢餓をゼロに」や「つくる責任 つかう責任」とも結びつけています。食品ロスを環境や資源の問題としてだけでなく、飢餓の問題として捉え直す視点を示した研究といえます。
原著論文の著者・所属:Andrii Dankevych(- National University of Food Technologies , Kyiv , Ukraine)、Meherun Nesa Mitu(- Daffodil International University , Dhaka , Bangladesh)、Nurul Mohammad Zayed(- INTI International University , Nilai , Malaysia)、Vitalii Nitsenko(- Kauno kolegija Higher Education Institution , Kaunas , Lithuania)、Keisha LaRaine Ingram(- Mykolas Romeris University , Vilnius , Lithuania)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Andrii Dankevych, Meherun Nesa Mitu, Nurul Mohammad Zayed, et al. Impact of retail food loss on undernourishment in developing countries. Ukrainian Food Journal 2026-09-01. DOI: 10.24263/2304-974x-2026-15-3-19. 原著ライセンス:CC BY.