この研究は、トルコの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Nutrients

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的と背景

ビスフェノールA(BPA)は、ポリカーボネート樹脂やエポキシ樹脂の製造に使われる化学物質で、食品用の包装材や缶詰の内面コーティングから食品へ移行することがあります。一般の人々にとっては口からの摂取、つまり食事が主な曝露経路と考えられています。BPAはホルモンの働きをかき乱す可能性がある「内分泌かく乱物質」として広く研究されており、欧州食品安全機関(EFSA)は最新の評価で耐容一日摂取量を1日あたり体重1kgにつき0.2ナノグラムへと大幅に引き下げました。

BPAが体に影響を及ぼす仕組みとして、研究チームは酸化ストレスと炎症という経路に注目しています。酸化ストレスとは、体内で生じる活性酸素の量と、それを抑える抗酸化の働きとのバランスが崩れ、たんぱく質や脂質、DNAが傷つく状態を指します。ただし、BPA曝露と酸化ストレス・炎症の指標との関係については、これまでの研究で結果が一致していません。

一方で、食事そのものも炎症や酸化ストレスの状態を左右すると考えられています。研究チームは、食事の炎症を促す傾向を数値化した「食事性炎症指数(DII)」と、食事全体の抗酸化力を表す「食事総抗酸化能(DTAC)」を取り上げました。食事由来のBPA摂取量を、こうした食事の炎症性・抗酸化性の特徴と合わせて同時に評価した研究はまだ限られている、というのが著者らの問題意識です。そこで本研究は、妊娠後期の女性を対象に、尿中BPA濃度と推定された食事由来BPA摂取量を、DII・DTACとあわせて評価し、母体の酸化ストレス・炎症指標および胎児・新生児の測定値との関連を調べることを目的としました。

調べ方

この研究は、トルコ・カスタモヌの一施設で2023年10月から2024年8月にかけて行われた横断的な記述研究です。対象は、医師に診断された慢性疾患がなく、妊娠27〜36週(妊娠後期)にある19〜40歳の健康な妊婦です。多胎妊娠、妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群などの合併症、喫煙や職業上の化学物質曝露がある場合などは除外されました。適格性を評価された250人のうち90人が登録され、質問紙の記入が不完全だった4人を除いた86人が最終的な解析対象となりました。

食事の内容は、平日2日と休日1日の計3日分の食事記録と、過去3か月の習慣的な食生活を尋ねる食物摂取頻度調査票(FFQ)の両方で把握されました。食品の写真集を使って量の申告を助ける工夫もされています。食事由来のBPA摂取量は、食品を8つのグループに分け、EFSAが報告した缶詰・非缶詰食品中のBPA濃度や、トルコで流通する缶詰食品からのBPA移行を調べた研究のデータを各食品グループに当てはめ、摂取量を掛け合わせて体重で割ることで推定されました。実際に食べた食品を化学分析したわけではない点は、著者ら自身が述べている通りです。

母体からは早朝尿と、8時間以上絶食した後の血液が採取されました。尿中のBPAは高速液体クロマトグラフィーで測定され、尿の濃さのばらつきを補正するためクレアチニン濃度あたりの値として表されました。尿では、DNAの酸化損傷を示す8-OHdGと、脂質の酸化損傷を示す8-イソプロスタンが測定されました。血液では、IL-1β、IL-6、IL-10、TNF-α、CRPといった炎症に関わる指標と、総抗酸化能(TAS)、総酸化能(TOS)、カタラーゼやスーパーオキシドジスムターゼなどの抗酸化酵素、脂質の酸化生成物であるMDAが測定されています。胎児推定体重や、出生体重・身長・頭囲は診療記録から取得されました。解析では相関のほか、母体年齢、妊娠週数、妊娠前BMI、出産歴、児の性別、エネルギー摂取量、尿中クレアチニン、DII、DTACなどを調整した多変量回帰が行われました。

報告された主な結果

参加者の平均年齢は29.2歳、妊娠前BMIの平均は24.10kg/m²でした。食事由来BPAの推定総摂取量は、3日間の食事記録に基づくと中央値で1日あたり体重1kgにつき0.0203マイクログラム、FFQに基づくと0.0246マイクログラムでした。どちらの方法でも、肉および肉類と、野菜・果物からの推定曝露量が他の食品グループより高い値を示しました。著者らは、個々の食品に含まれるBPA濃度が比較的低くても、日常的によく食べる食品グループからの積み重ねが全体の曝露に相当程度寄与しうる、と述べています。EFSAの2023年の基準値を用いてハザード指数を計算すると、3日間記録に基づく推定でもFFQに基づく推定でも1を超えましたが、2015年の以前の基準値を用いた場合は1を下回りました。

相関の解析では、クレアチニン補正した尿中BPA濃度は、尿中8-イソプロスタン(r = 0.694)および尿中8-OHdG(r = 0.880)と強い正の相関を示しました。一方、尿中BPAと血清の酸化ストレス指標、抗酸化酵素、炎症指標との間には有意な相関は認められませんでした。食事由来BPA摂取量については、3日間記録に基づく推定値がIL-10およびTNF-αと、FFQに基づく推定値がIL-10と、それぞれ弱い正の相関を示しました。

ただし、交絡因子を調整した多変量モデルでは、これらの関連の多くは弱まり、統計的な有意性を失いました。尿中BPA濃度は、モデル1では血清カタラーゼと負の関連を示しましたが(β = −0.21)、DIIとDTACを追加で調整したモデル2では有意ではなくなりました。著者らは、この2つの指標は食事全体の特徴をまとめた複合的な指数であり、同時にモデルに投入されたため、モデル1と2の違いを特定の栄養素に帰したり、食事がBPAによる酸化的影響を打ち消した証拠と解釈したりすることはできない、と明確に断っています。それ以外の調整後の関連も有意ではなく、食事由来BPA曝露と各指標との間にも有意な関連は認められませんでした。

胎児・新生児の測定値については、尿中BPA濃度も食事由来BPA摂取量も、胎児推定体重、出生体重、身長、頭囲、出生時の妊娠週数のいずれとも有意な相関を示しませんでした。酸化ストレスや炎症の指標がBPA曝露と胎児・新生児のアウトカムの関係を仲立ちしているかを調べた媒介分析でも、有意な間接効果は認められませんでした。なお、食事指標そのものについては、DTACがIL-10およびTNF-αと負の相関を、DIIがTNF-αと正の相関を示しており、著者らは食事の特徴がこの集団の炎症状態のばらつきに関与している可能性を示唆すると述べています。

また本研究では、食事から推定したBPA摂取量と尿中BPA濃度との間に有意な相関は見られませんでした。著者らは、この点について、推定が自己申告の食事内容と公表されたBPA濃度値に基づく間接的なものであること、1回の随時尿は食事以外の経路も含む直近の曝露を反映し妊娠中の個人内変動も大きいこと、そして本研究では食事以外のBPA源を評価していないことを挙げ、相関がないことを「食事が曝露に寄与していない証拠」と受け取るべきではないと注意を促しています。

この研究が示すこと

研究チームは、妊娠後期の女性において、尿中BPA濃度が尿中の酸化損傷マーカーと強く相関する一方、交絡因子を調整するとその関連は弱まり、血清の炎症指標や胎児・新生児の体格とは関連が見られなかったと報告しました。著者らは、尿の指標と血液の指標では反映する生物学的な過程や測定する検体が異なり、妊娠の経過に伴う変化の仕方も異なることが、両者で結果が分かれた一因かもしれないと考察しています。

同時にこの研究は、食事の炎症性・抗酸化性という全体的な特徴が、母体の炎症指標のばらつきと結びついていたことを示しています。環境からの化学物質曝露を評価する際に、食事という背景要因を切り離さずに見ることの重要性を、この一施設・86人の横断的な調査は静かに示していると言えるでしょう。

著者:Sümeyye Begüm Atalan(Department of Nutrition and Dietetics, Faculty of Health Sciences, Kastamonu University, Kastamonu 37150, Türkiye)、Aylin Ayaz(Department of Nutrition and Dietetics, Faculty of Health Sciences, Hacettepe University, Ankara 06100, Türkiye)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sümeyye Begüm Atalan, Aylin Ayaz. Dietary Bisphenol A Exposure and Urinary Bisphenol A Levels During Late Pregnancy: Associations with Inflammatory and Oxidative Stress Biomarkers. Nutrients 2026-08-28. DOI: 10.3390/nu18172836. 原著ライセンス:CC BY.