この研究は、スペインの研究機関の研究論文です。

掲載誌:International Journal of Molecular Sciences

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的:生ハムなどに潜むカビ毒の謎

生ハムやサラミといった塩蔵・乾燥させた食肉製品では、オクラトキシンA(OTA)というカビ毒の汚染が問題になります。OTAは腎臓に害を及ぼす物質として知られ、国際がん研究機関(IARC)はこれをグループ2B(ヒトに対して発がん性の可能性がある)に分類しています。論文では、動物で腎腫瘍を引き起こすことやヒト細胞でDNA付加体をつくることを理由に、グループ2A(おそらく発がん性がある)への分類変更を示唆する新しい研究があることにも触れられています。

こうした塩分の多い食肉製品でOTAをつくる主役とされるのが、Penicillium nordicum(ペニシリウム・ノルディカム)というカビです。OTAの分子には塩素原子が含まれており、このカビが塩分の濃い環境に適応する過程でOTAを排出することが、細胞内の塩素バランスを保つことと関係しているのではないかと考えられてきました。

OTAをつくる遺伝子は、通常ひとまとまりの「遺伝子クラスター」として存在すると考えられています。ところが著者らの研究グループのこれまでの報告では、クラスターの外側にある別のポリケタイド合成酵素(PKS、いくつもの炭素をつないで複雑な化合物を組み立てる酵素)も関わっている可能性が浮かび上がっていました。具体的には、生物的防除剤(ローズマリー精油やDebaryomyces hansenii という酵母)でOTA生産を抑えたとき、「PKSエノイル還元酵素(ER)ドメイン」を含むタンパク質の量も一緒に減っていたのです。

そこで本研究は、これらクラスター外のPKSをコードする遺伝子の発現と、食肉製品で実際にみられる塩濃度でのOTA生産との関係を調べること、あわせて代謝物の全体像(メタボローム)を網羅的に調べ、塩濃度がカビの代謝にどう影響するかを明らかにすることを目的としました。

何をどう調べたか

著者らは、由来の異なる2つのOTA産生株を用いました。イタリアのパルマハムから分離されたPn856と、スペインのイベリコ産生ハムから分離されたPn15です。これらを、塩を加えない対照、NaCl 7%(70 g/L)、15%(150 g/L)の3条件の培地で25℃・12日間培養しました。7%と15%は、乾燥熟成食肉製品の浸透圧条件を模したものです。

培養後、コロニーの大きさで生育を比べ、OTA量を定量しました。遺伝子発現はリアルタイムqPCRで測定し、先行研究で見つかっていた5つのPKS ERドメイン含有タンパク質の遺伝子(n2〜n6)に加え、OTAクラスター内の pks 遺伝子と、最終段階で塩素原子を導入するハロゲナーゼ遺伝子 hal も対照として調べました。さらに、質量分析計を用いた非標的メタボロミクスで、どのような代謝物がどの条件で特徴的に現れるかを解析しました。

主な報告結果

まず生育については、NaCl存在下でPn15のほうがPn856より有意に大きなコロニーを形成し、塩環境への適応度がより高いことが示されました。著者らは、これが株の由来(スペイン産生ハムはこの範囲の塩濃度、イタリア産生ハムは平均して5%未満)と一致すると述べています。7%の塩は両株の生育をむしろ促進しましたが、15%では生育が遅れました。ただし、いずれの株も高塩濃度で生存できることが確認されています。

OTA生産量は株間で大きく異なりました。Pn856のほうが多くのOTAをつくり、7%条件で最大となりました。一方、より高い15%では両株ともOTAは増えませんでした。著者らはこの現象について、OTAが経路の最終産物ではなく一定濃度に達すると産生菌自身によって分解される可能性や、株が15%には十分適応できず二次代謝経路が影響を受けた可能性を、既報を引きながら考察しています。

遺伝子発現では、Pn856において5つの遺伝子すべてが7%で発現上昇し、15%では n3、n4、n6 の発現が低下しました。この動きはOTA量の増減と一致し、統計解析でもOTA量と n3(ρ = 0.881)、n4(ρ = 0.915)、n6(ρ = 0.865)の発現との間に強い正の相関が示されました。対してPn15では、これらの遺伝子発現とOTA生産の間に相関はみられませんでした。著者らは、Pn15のOTA生産量がもともと低く、わずかな転写の変化が覆い隠された可能性や、OTAが速やかに別の分子へ変換されて定量下限を下回った可能性を挙げています。

興味深いことに、OTA量と直接相関しなかった n2 については、その遺伝子の隣にアミダーゼとヒドロラーゼをコードする遺伝子があることが分かりました。アミドヒドロラーゼはOTAのアミド結合を切断してオクラトキシンαとL-β-フェニルアラニンに分解できるため、著者らは n2 が生合成よりむしろ分解・解毒に関わる可能性を示唆しています。また n5 は化合物の輸送に関わる可能性が指摘されました。

クラスター内の pks 遺伝子はOTA量と正の相関を示したものの(Pn15でρ = 0.816、Pn856でρ = 0.729)、Pn856の7%条件でみられたOTAの大幅な増加は、この pks の発現上昇を伴っていませんでした。著者らはこれを、クラスター外の他のPKSがOTA生合成に重要でありうるという考えを裏づける結果だとしています。ハロゲナーゼ遺伝子 hal については、Pn856ではOTA量と相関しました(ρ = 0.712)が、Pn15では15%で発現が上がる一方でOTAは減少し、相関しませんでした。著者らは、Pn15が塩素をOTA以外の経路でも排出して浸透圧ストレスに対処している可能性を、自グループの先行研究をもとに論じています。

代謝物解析では、両株あわせて317種類の化合物が検出され、主成分分析では塩濃度ごとに明確に分かれるパターンが認められました。Pn15では、OTAが検出されなかった15%条件を41の代謝物が特徴づけ、その中には環境適応への関与が報告されているアスプルビノンEや、カビに対して静菌的に働くボトリオロジンBが含まれていました。Pn856では7%条件を57の化合物が特徴づけ、そのうち高塩環境に適応したPenicillium属が産生すると報告されている(3S)-6-ヒドロキシ-8-メトキシ-3-メチルイソクロマンがOTA量と正の相関を示しました(ρ = 0.842)。

両株に共通して注目されたのが、3-メチルブタン酸、セファロスポロリドE、コニフェリルアルコールです。3-メチルブタン酸はPn856でOTAと正の相関を示し(ρ = 0.733)、著者らは同じ刺激のもとで産生される可能性に言及しています。セファロスポロリドEは、その合成がアセチルCoAとマロニルCoAから始まり、OTAの生合成経路と原料を共有します。Pn15ではこの化合物とOTAの間に強い負の相関がみられ(ρ = −0.816)、著者らは前駆体が限られる中でPn15がどちらかの合成を優先している可能性を示しました。一方Pn856では両者とも多量に検出され、正の相関を示しました(ρ = 0.745)。コニフェリルアルコールは、OTA分子の形成に必要なクマリン合成の前駆体にあたり、各株でOTA生産が最も多かった条件(Pn15の対照、Pn856の7%)でのみ検出され、OTAと正の相関を示しました(ρ = 0.496)。

この研究が示すこと

著者らは結論として、2つの株はいずれも高塩培地に適応しているものの、OTAの生産と分解には、これまで注目されてきたクラスター内の遺伝子だけでなく、新たなPKSが関わっている可能性があると述べています。ただし、その具体的な役割を確定するにはさらなる研究が必要だとも明記しています。

また代謝物の解析からは、塩濃度が代謝産物の顔ぶれを確かに変えること、そして2つの株がそれぞれ異なる適応戦略をとっていることが浮かび上がりました。カビ毒がどのようにつくられるのかを、遺伝子の働きと実際に生み出される物質の両面から結びつけて捉えた点に、この研究の意義があります。

著者:Micaela Álvarez(Sección Departamental de Nutrición y Ciencia de los Alimentos, Facultad de Veterinaria, Universidad Complutense de Madrid, 28040 Madrid, Spain)、Jéssica Gil-Serna(Departamento de Genética, Fisiología y Microbiología, Facultad de Ciencias Biológicas, Universidad Complutense de Madrid, José Antonio Nováis 12, 28040 Madrid, Spain)、Claudio Alba(Sección Departamental de Nutrición y Ciencia de los Alimentos, Facultad de Veterinaria, Universidad Complutense de Madrid, 28040 Madrid, Spain)、Elia Roncero(Higiene y Seguridad Alimentaria, Instituto Universitario de Investigación de la Carne y Productos Cárnicos, Facultad de Veterinaria, Universidad de Extremadura, 10003 Cáceres, Spain)、Belén Patiño(Departamento de Genética, Fisiología y Microbiología, Facultad de Ciencias Biológicas, Universidad Complutense de Madrid, José Antonio Nováis 12, 28040 Madrid, Spain)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Micaela Álvarez, Jéssica Gil-Serna, Claudio Alba, et al. Unravelling the Role of Non-Clustered Polyketide Synthases and Key Metabolites in Ochratoxin a Accumulation by Penicillium nordicum in Salt-Rich Environments. International Journal of Molecular Sciences 2026-09-06. DOI: 10.3390/ijms27177933. 原著ライセンス:CC BY.