著者の所属・活動拠点の国は、ドイツです。
掲載誌:Frontiers in Plant Science
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:ワイルドルッコラで一代雑種をつくる仕組み
地中海料理の広まりとともに、ルッコラなどの葉物野菜の需要が伸びています。近年は、葉がなめらかで独特の風味を持つ多年生の「ワイルドルッコラ(Diplotaxis tenuifolia、ウォールロケット)」が好まれるようになり、品種改良への関心も高まっています。
キャベツやナタネなどアブラナ科の主要作物では、両親の良い性質を併せ持つ「一代雑種(F1品種)」の育成が主流です。その中心となる仕組みの一つが「細胞質雄性不稔(CMS)」です。CMSは、細胞の核ではなく細胞質(主にミトコンドリア)の遺伝情報によって花粉がつくられなくなる性質です。自家受粉が起こらないため、狙った相手の花粉だけで種子をとることができます。
一方、ワイルドルッコラには受粉を制御する実用的な仕組みがありませんでした。研究チームは、CMS性を持つカリフラワー(Brassica oleracea)の細胞質に、ワイルドルッコラの核を組み合わせることを目指しました。これまでのDiplotaxis属とアブラナ属の交雑研究は、Diplotaxis側の性質をアブラナ属作物に取り込む目的のものでした。著者らは、CMS性を持つワイルドルッコラ自体をつくる試みは今回が初めての報告だとしています。
交雑の壁をどう乗り越えたか
研究チームは、CMS性のカリフラワー系統を母親にし、市販のワイルドルッコラ品種の花粉を交配しました。この系統の細胞質は、もともとダイコン由来のCMSに関わるミトコンドリアDNAを含みます。異なる属どうしの交雑は成功率が低く、今回も300回以上の交配のほとんどで、若い莢が受粉後10日以内に落ちました。種子らしい構造ができても、すべて途中でしぼみました。
そこで、莢の中で発達しかけていた子房を取り出し、試験管内で育てる「子房培養」を行いました。その結果、2個体の雑種第一代(F1)が得られました。分子マーカーと染色体の観察から、ワイルドルッコラ由来の11本とキャベツ類由来の9本の染色体を持つ雑種であることが確かめられています。
F1は花粉をつくりませんでしたが、ワイルドルッコラの花粉をかけても種子ができませんでした。研究チームは、薬剤(コルヒチン)で染色体数を倍加させてから、ワイルドルッコラを繰り返し交配する「戻し交配」を進めました。戻し交配は、細胞質はそのまま残し、核の中身を少しずつワイルドルッコラに近づける方法です。4世代目(BC4)までは子房培養が必要でした。しかし、BC4の1個体が6粒の成熟種子を実らせ、5世代目以降は通常の交配で次の世代を得られるようになりました。こうして7世代の戻し交配が行われました。
得られた系統の特徴
7世代目(BC7)の系統は、ワイルドルッコラと同じ22本の染色体を持っていました。花粉を完全につくらず、葉の形や草姿は親のワイルドルッコラに一致していました。葉の長さや幅など生産上重要な性質も、予備的なデータでは親と同程度だったと報告されています。花の形もワイルドルッコラによく似ており、雌しべや蜜腺は正常でした。葯(花粉をつくる袋)は初めは正常に発達しましたが、減数分裂の早い段階から崩れ始め、花粉は放出されませんでした。
一方、雌側の稔性(種子をつくる力)には課題が残りました。手で受粉させた場合、莢がつく割合は79〜93%で、ワイルドルッコラと同程度でした。しかし、1つの莢から得られる発芽可能な種子は、ワイルドルッコラよりはるかに少なくなりました。ハエに受粉させる、より実用に近い条件でも同じ傾向でした。正常な種子の割合は、ワイルドルッコラの平均73.8%に対し、育成系統では7.8〜18.5%にとどまりました。ただし、ハエによる受粉が起こったことから、花が昆虫を引き寄せ、虫による花粉の運搬が可能であることも示されました。
研究チームは、種子を壊さずに内部を立体的に調べる3次元X線CTも使いました。その結果、育成系統の種子は小さいものが多く、胚の体積も平均して小さいことが分かりました。種子は5つのタイプに分けられ、機械学習モデルはこの分類を98.5%の精度で再現しました。胚の発達が途中で止まったとみられる種子や、胚がほとんどない種子が、対照の系統ではほぼ見られない一方、育成系統では多数を占めていました。雌側の稔性が大きく下がった理由は、核・葉緑体・ミトコンドリアの遺伝情報の組み合わせが複雑なため、まだ解明されていないと著者らは述べています。
研究が示すこと
この研究は、属を越えた交雑による深刻な不和合性を、子房培養と長期の戻し交配によって乗り越えたものです。その結果、花粉をつくらないワイルドルッコラの系統が得られました。著者らは、用いた細胞質がワイルドルッコラのCMSの供給源になりうること、育成系統が一代雑種育種に直接使えることを結論としています。同時に、種子のつき方や品質、発芽力といった雌側の稔性の改善が今後の課題であることも明確に示しています。
原著論文の著者・所属:Thomas Nothnagel(Institute for Breeding Research on Horticultural Crops, Julius Kuehn-Institute (JKI), Federal Research Centre for Cultivated Plants, Germany)、Barbara Sell(Institute for Breeding Research on Horticultural Crops, Julius Kuehn-Institute (JKI), Federal Research Centre for Cultivated Plants, Germany)、Otto Schrader(Institute for Breeding Research on Horticultural Crops, Julius Kuehn-Institute (JKI), Federal Research Centre for Cultivated Plants, Germany)、Johannes Wolff(phenoLytics GmbH, Germany)、Bright Enogieru Osatohanmwen(phenoLytics GmbH, Germany)、Holger Budahn(Institute for Breeding Research on Horticultural Crops, Julius Kuehn-Institute (JKI), Federal Research Centre for Cultivated Plants, Germany)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Thomas Nothnagel, Barbara Sell, Otto Schrader, et al. Overcoming serious incompatibilities resulting from intergeneric hybridisation between Diplotaxis tenuifolia and Brassica oleracea to develop CMS wall-rocket. Frontiers in Plant Science 2026-08-07. DOI: 10.3389/fpls.2026.1872935. 原著ライセンス:CC BY.