私たちは魚介類などを通じて、ごく微量の水銀を口にする機会があります。こうした食品からの水銀摂取について、欧州では「これ以上は摂り続けないほうがよい」という目安となる量が定められています。一方、アメリカでも独自に水銀の健康影響に関する評価が行われており、その内容が最新の知見を反映して更新されると、欧州の基準は今のままでよいのか、それとも見直しが必要なのかが気になるところです。今回紹介するのは、欧州食品安全機関(EFSA)が、米国の有害物質・疾病登録局(ATSDR)が2024年に発表した水銀に関する毒性プロファイル(健康影響に関する評価文書)の内容を検討し、その結果をまとめた声明です。欧州委員会からの要請を受けて行われたもので、CONTAM(汚染物質)専門家パネルによる確認を経て承認されています。

米国の新しい知見と、EUの基準を照らし合わせる

この声明では、水銀のうち「無機水銀」と「メチル水銀」という2つの形態について、それぞれATSDRの評価内容とEFSAの既存の基準を比較しています。

無機水銀については、ATSDRの評価に含まれるラットを用いた28日間の新しい試験も含めて検討されました。その結果、この試験はヒトの食事からのリスク評価の基準値(リファレンスポイント)を導き出すには適していないとEFSAは判断しており、2012年に設定されたEFSAのリスク評価を今回改めて更新する必要はないとされました。したがって、無機水銀の耐容週間摂取量(TWI、水銀として体重1kgあたり週4μg)は、現在も有効な値として維持されています。

メチル水銀については、ATSDRが独自に「最小リスクレベル(MRL)」として体重1kgあたり1日0.1μg(週あたりに換算すると0.7μg)という値を示しています。これはEFSAが2012年に設定した耐容週間摂取量(体重1kgあたり週1.3μg、水銀として)よりも小さい値です。この差について検討した結果、両者の違いは主に、健康影響の評価過程でどのような根拠づけの説明をしたか、という報告の仕方の違いによるところが大きいとされました。そして、ATSDRのMRLがEFSAのTWIより科学的により優れているとはっきり言える根拠は見当たらなかったとしています。そのため、メチル水銀についても、現行のEFSAのTWI(体重1kgあたり週1.3μg)は引き続き有効であるとされました。

この声明を読むうえでの注意点

今回の声明は、ATSDRの文書に示された結果を検討したうえでの判断です。声明の中では、ATSDRの文書において一部の方法論上の手順が十分には報告されていなかった点も指摘されています。ただし、それによって重要な関連文献が見落とされている可能性は低いだろう、とも述べられています。

また、今回の結論は「現行の基準を変える必要はない」というものですが、同時に、リスク評価の手法自体がその後進歩していることや、2012年の評価以降に新たな知見が積み重なっていることを踏まえると、2012年の評価そのものを見直す(更新する)ことには意義があるかもしれない、とも述べられています。つまり、今回の基準値は维持されつつも、将来的な評価の更新自体は否定されていない点に注意が必要です。

まとめ

今回のEFSAの声明では、米国ATSDRが2024年に示した水銀の毒性プロファイルの内容を検討した結果、無機水銀・メチル水銀いずれについても、2012年に設定された欧州の耐容週間摂取量を変更する必要はないと判断されました。一方で、評価手法の進歩や新たな科学的知見の蓄積を踏まえた将来的な見直しの余地についても言及されています。これは一つの声明としての整理であり、水銀摂取に関する具体的な健康影響やリスクの大小そのものを新たに評価し直したものではない点に留意して読むとよいでしょう。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:米国ATSDRが発表した水銀の毒性プロファイルの知見に関する声明(イーエフエスエー・ジャーナル(欧州食品安全機関)・2026年06月)