この研究は、ナイジェリア、韓国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Gut Microbes
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の背景と目的
私たちの腸内にすむ細菌は、つくり出す代謝物を通じて全身の状態に影響することが知られています。近年は、生きた菌そのものではなく、菌に由来する代謝物やその調製物(ポストバイオティクス)を活用する研究が注目されています。
この研究が着目したのは「メチルグリオキサール(MGO)」という物質です。MGOは糖の代謝や腸内での発酵にともなって生じる反応性の高い化合物で、体内のタンパク質と結びついて「終末糖化産物(AGEs)」をつくります。研究チームは、こうしたMGO由来のAGEsの蓄積が、腸のバリア機能の低下や炎症、さらには気分の落ち込みなどの中枢神経系の不調と関連づけて論じられてきたと整理しています。
一方で、どの菌がどのような成分を通じてこの糖化ストレスに働きかけうるのかは、まだ十分に調べられていませんでした。従来のポストバイオティクス探索では、まず効果を試してから後づけで成分を調べる手順が多く、結果が安定しにくいという課題があります。さらに、同じ菌種でも菌株ごとに代謝物の顔ぶれが大きく異なるため、菌の分類名だけから働きを予測するのは難しいとされています。そこで研究チームは、菌株レベルで代謝物のプロファイル(化学的な特徴の型=ケモタイプ)を先に調べ、そこから有望な成分と候補材料を合理的に選び出す枠組みをつくることを目指しました。
何をどう調べたか
研究チームは、乳酸菌やビフィズス菌など10種・113菌株を培養し、菌体内の代謝物を抽出して177種類の抽出物ライブラリを作製しました。これらについて、ガスクロマトグラフィーと液体クロマトグラフィーを用いた質量分析で成分を網羅的に調べるとともに、試験管内での「MGO-AGEsを分解する働き(MGO-AGEs breaking活性)」を測定しました。この活性の測定には、AGEsが分解されて遊離するアミノ基を検出する比色法が用いられています。
解析の結果、代謝物のプロファイルは培養条件よりも菌の分類(科や種)に近い形でまとまりました。ただし、種のレベルで五つの型に分けても、AGEs分解活性には型どうしの有意な差がなく、同じ型の中でもばらつきが大きいことが分かりました。研究チームはこれを、種の分類だけでは働きを予測できないことの表れだと述べています。
そこで、活性が最も高く、かつ菌株間のばらつきも大きかったLimosilactobacillus fermentum(嫌気培養)のグループに絞り、菌株レベルで三つの代謝型(LFCA、LFCB、LFCC)に分類し直しました。今度は型ごとに活性が有意に異なり、同じ型の中では似た活性を示しました。最も活性の高いLFCB型で多く含まれていた指標成分として、アミノ酸のトリプトファンとアスパラギン、そして三種類のγ-グルタミルペプチド(γ-Glu-Met、γ-Glu-Phe、γ-Glu-Leu)が特定されました。γ-グルタミルペプチドとは、グルタミン酸が特定の結合様式で別のアミノ酸とつながった小さなペプチドで、体内の抗酸化・解毒系と関わる代謝経路に位置づけられる成分です。
これら5成分はいずれもAGEs分解活性と強い正の相関(相関係数0.69〜0.87)を示し、標準品を用いた試験でも実際に分解活性が確認されました。この結果をふまえ、LFCB型に属し個別の活性が最も高く、かつこれらの成分を多く含む抽出物として「LFEAN031」(L. fermentum KCTC 15072BP由来の菌体内代謝物抽出物)が選ばれ、動物実験に進みました。
動物実験で報告されたこと
研究チームは、マウスにMGOを直腸投与して糖化ストレスをかけるモデルを用い、LFEAN031を1日50 mg/kgで2週間、経口で与えた群と比較しました。直腸から投与したのは、MGOが主に大腸の内側で微生物の発酵によって生じることをふまえ、腸への影響を直接みるためだと説明されています。
報告によれば、MGO投与で短くなった大腸の長さは、LFEAN031併用群では対照群と同程度まで戻りました。腸の細胞どうしをつなぐタイトジャンクションのタンパク質ZO-1の発現も、MGOで低下したのに対しLFEAN031併用群では回復がみられています。さらに、ストレス応答の指標である血中コルチゾールや視床下部でのグルココルチコイド受容体の発現の上昇が抑えられ、炎症に関わるIL-6は低下、抗炎症性のIL-10は上昇しました。行動試験では、強制水泳試験と尾懸垂試験での無動時間の増加、オープンフィールド試験での移動距離や中央滞在時間の減少といったMGOによる変化が、LFEAN031併用群では軽減していました。
盲腸内容物の代謝物解析では、MGO投与で乱れた代謝プロファイルがLFEAN031併用で部分的に変化し、29種類の代謝物が回復のような動きを示しました。検出された13種類のγ-グルタミルペプチドはそろってMGOで減少・LFEAN031で増加する方向をたどり、タウリンやシスチンといった酸化還元に関わる成分も同じ向きの変化を示しました。トリプトファンの代謝については、MGOで増えていた3-インドキシル硫酸がLFEAN031併用で減少し、キヌレニンやセロトニンの前駆体である5-ヒドロキシトリプトファンが増加するなど、経路ごとに異なる向きの変化が報告されています。
一方、脳組織の代謝物解析は探索的な位置づけとされ、LFEAN031は脳の代謝プロファイルの乱れを部分的に変化させたものの、腸で見いだされた候補成分の動きがそのまま脳でも保たれているという直接的な証拠は得られなかった、と研究チームは明記しています。なお、これらの解析で示されたのは表現型と代謝物の関連であり、因果関係を示したものではありません。
この研究が示すこと
この研究は、菌株ごとの代謝物プロファイルを先に読み解くことで、目的とする働きをもつ成分と、それを多く含む素材を筋道立てて選び出せることを実例で示しました。種の名前だけでは予測できなかった働きの違いが、菌株レベルの化学的な型に着目すると整理できた点が、方法論としての要になっています。
研究チームはこの成果を、代謝物を手がかりとしたポストバイオティクス探索の概念実証(proof-of-concept)と位置づけ、腸内細菌由来の代謝物が糖化ストレス下での腸と脳のやりとりに関わる可能性を示すものだとまとめています。
著者:Su-Hyun Kim(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Su-Hyun Kim(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Seong‐Min Hong(Division of Food Science and Technology and Institute of Agriculture and Life Science, Gyeongsang National University)、Eun Yoo Lee(College of Pharmacy and Gachon Institute of Pharmaceutical Science, Gachon University)、Seul-Ah Kim(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Seul-Ah Kim(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Nam Soo Han(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Sun Yeou Kim(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Sun Yeou Kim(Brain Korea 21 Center for Bio-Health Industry, Division of Animal, Horticultural, and Food Sciences, Chungbuk National University)、Choong Hwan Lee(Department of Bioscience and Biotechnology, Konkuk University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Su-Hyun Kim, Su-Hyun Kim, Seong‐Min Hong, et al. Strain-resolved metabolomic chemotyping identifies tryptophan and γ-glutamyl peptides as MGO-AGEs breaking postbiotic compounds for carbonyl stress mitigation. Gut Microbes 2026-09-12. DOI: 10.1080/19490976.2026.2728833. 原著ライセンス:CC BY.