おいしい、楽しい、なつかしい——食べ物は味や栄養だけでなく、私たちにさまざまな感情ももたらします。しかも、その感情は一口目から噛んで飲み込むまでの間、刻一刻と変化していきます。もしこの「食べながら移り変わる感情」を科学的にとらえ、意図的に設計できるとしたら、食品開発はどう変わるでしょうか。今回紹介するのは、そうした発想を提案する総説論文です。

「感情誘発型食品デザイン」という考え方

この論文では、食べる際の動的な感情体験を意図的に設計するための枠組みとして「感情誘発型食品デザイン」が提案されています。食品によって引き起こされる感情は、咀嚼中の神経・筋肉系からの入力、視覚・嗅覚・触覚などが統合される多感覚的な処理、そして食品成分がもたらす生理的な作用から生まれるとされ、これらはすべて、一口目から飲み込み、そしてその後に至るまで時間とともに変化していくものだと説明されています。

こうした感情の動きを製品開発に活かすためには、噛んで食品が崩れていく過程や、飲み込みやすい塊(ボーラス)が形成される過程を、定量的かつ時間を追って把握することが欠かせないと論文は指摘しています。そのための鍵となる技術として挙げられているのが「咀嚼シミュレーター」です。咀嚼シミュレーターとは、人がものを噛む動きを模擬する装置を指すと考えられ、これを動的な感覚評価法や生理学的な測定と組み合わせることで、感情に関わる食品の機能を、製品開発で実際に使える設計上の変数へと翻訳できる可能性があると論じられています。

この論文の位置づけと読むうえでの注意

この論文は「Viewpoint(視点・論考)」として位置づけられており、新しい実験を行ってデータを示したものではなく、咀嚼シミュレーターを活用した食品デザインという考え方の枠組みを提案するものです。そのため、特定の食品で感情がどう変化したかといった具体的な実験結果は要旨には示されていません。あくまで一つの視点・提案であり、今後の研究や技術開発によって検証されていくべき枠組みだと理解しておくとよいでしょう。

まとめ

「食べることで生まれる感情」は、これまで感覚的・主観的なものとして扱われがちでしたが、この論文では、咀嚼という物理的なプロセスを定量的に測定することで、それを食品設計に活かせる可能性が示唆されています。今後、咀嚼シミュレーターのような技術を通じて、私たちが食べ物から受け取る感情の動きがどのように解明され、製品づくりに応用されていくのか、注目される分野といえそうです。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:感情誘発型食品デザインにおける咀嚼シミュレーターの役割(トランスレーショナル・フードサイエンス・2026年08月)