この研究は、タイの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

研究の目的

セレン(Se)は体内で作ることができず、食事から摂る必要がある必須微量元素です。研究チームによれば、セレンは抗酸化の仕組みに関わることで体内の酸化還元バランスの維持と深く結びついています。ただし、その働きや安全性は化学的な形に大きく左右されます。亜セレン酸塩などの無機セレンは、セレノシステインやセレノメチオニンといった有機セレンに比べて生体での利用されやすさが低く、栄養として必要な量と毒性が出る量との差が狭いため、機能性食品への直接利用が難しいと論文は指摘しています。

種子が発芽する過程では、吸収されたセレンが硫黄代謝の経路を通じて有機セレンへと変換されうることが知られています。著者らは、この過程でセレンが細胞の多糖(糖がつながった高分子)と結びつき、多糖の性質が変わるのではないかと考えました。対象に選ばれたのはオーツ麦(Avena sativa)です。オーツ麦はβ-グルカンという多糖に富み、報告されている含量はおよそ1.8〜7.5%とされています。一方で、発芽時のセレン添加がオーツ麦の多糖画分の性質や機能にどう影響するかは十分に分かっていませんでした。

そこで本研究は、発芽時のセレン添加がセレン蓄積と多糖の性質にどう影響するかを調べ、あわせてセレンを伴う多糖画分を回収するための超音波支援抽出(UAE、超音波の空洞現象で細胞を壊し多糖の放出を助ける手法)の条件を最適化することを目的としました。得られた精製画分については抗酸化活性とβ-グルカン含量も評価されています。

何をどう調べたか

著者らはタイ・チェンマイ産のオーツ麦品種を用い、亜セレン酸ナトリウム溶液の濃度を0〜300 mg/Lまで変えて種子を浸漬し、発芽中も同じ濃度の溶液で毎日かん水しました。根が約1 cmに達した時点で収穫し、洗浄・乾燥・粉砕したうえで、粗多糖の含量と総セレン量を測定しています。対照区は蒸留水で同じ条件で発芽させました。総セレン量は誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)で定量されています。

次に、選ばれたセレン濃度の発芽オーツ麦を材料として、超音波支援抽出の条件をボックス・ベンケン計画に基づく応答曲面法で最適化しました。検討した因子は抽出時間(10〜30分)、超音波出力(225〜525 W)、固液比(5〜10% w/v)の3つです。多糖の熱分解を抑えるため、抽出中の温度は50 ℃未満に保たれました。得られた粗多糖はDEAE-セルロース-52陰イオン交換クロマトグラフィーで分画し、精製画分についてβ-グルカン含量(酵素法キット)、ABTS・FRAP・ORACの3種の抗酸化活性、マウスマクロファージRAW264.7細胞を用いた細胞生存率(MTT法)、赤外分光(FTIR)による官能基の確認を行っています。

なお論文は、測定したのは総セレン量であり、セレンがどの化学形で存在するかを調べるセレン化学種分析は実施していないと明記しています。したがって、セレンと多糖が共有結合していることは確定できないと著者ら自身が述べています。

主な報告結果

セレン添加は発芽に濃度依存的な影響を与えました。200 ppmを超える濃度では根の伸長が段階的に抑えられ、過剰な添加が生育に不利に働いたと報告されています。発芽オーツ麦粉のセレン蓄積量は添加量とともに有意に増え、200 ppmで最大の116.91 mg Se/g試料に達しました。

ところが、抽出のしやすさは別の挙動を示しました。熱水抽出による抽出収率は150 ppmで最も高く10.22%、総多糖含量は100 ppmで935.88 mg/g、150 ppmで951.04 mg/gと高い値でした。抽出物中のセレン含量も150 ppmで最高の2.91 mg Se/g抽出物となり、200 ppmの2.25 mg Se/g抽出物より有意に高い値でした(p < 0.05)。つまり、オーツ麦の組織全体でのセレン蓄積が最も多い条件と、抽出できる多糖画分にセレンが多く伴う条件は一致しませんでした。著者らはこの差を、セレンの分布や代謝の違い、およびその濃度で回収された多糖量が少なかったことによる可能性として述べており、結合の分子的な形は今回の測定からは決められないとしています。総合的な釣り合いが最も良い150 ppmが、以降の抽出・精製・構造解析に選ばれました。

超音波支援抽出では、固液比が抽出収率に最も強く影響し、次に抽出時間、超音波出力の順でした。固液比を上げる(同じ試料量に対し溶媒を減らす)と総多糖含量は有意に低下し、著者らはこれを物質移動の効率低下と関連づけています。抽出収率のモデルは高い予測性能(R² = 0.9581)を示し、予測された最適条件は超音波出力520 W、抽出時間29分、固液比7.35%(w/v)でした。検証実験での予測値との相対誤差は総多糖含量で4.35%、粗多糖収率で1.41%でした。一方、総セレン含量のモデルは統計的に有意ではなく(p = 0.36)、検討した範囲では抽出条件がセレン量に有意な影響を与えませんでした。著者らはこれを、すべての抽出実験が同じ150 ppm処理の原料を使ったため出発材料のセレン量がほぼ一定だったことに起因すると説明しています。

陰イオン交換クロマトグラフィーでは、対照区とセレン処理区のいずれも5つの主要画分に分かれました。セレンは画分間で偏って分布し、OP150-3が最も高く0.12 mg Se/g多糖、OP150-4が0.02 mg Se/g多糖で、他の3画分では検出されませんでした。対照区のどの画分からもセレンは検出されていません。β-グルカン含量は、セレン処理区の粗多糖が4.79 g/100 gで対照の3.09 g/100 gを上回り、個々の画分でもおおむね処理区のほうが高い値を示しました。

抗酸化活性では、セレンを伴う画分OP150-3が対照画分OP0-3より明確に高い値を示しました。ABTS、FRAP、ORACの値は、OP0-3のそれぞれ0.07、0.10、0.71 mg TE/g多糖から、OP150-3では4.78、1.38、6.32 mg TE/g多糖へと増加しています。また、セレンを伴う粗多糖と伴わない粗多糖のいずれも、0.01・0.05・0.1 mg/mLの濃度でRAW264.7細胞の生存率を未処理対照と比べて有意に変えず(p > 0.05)、試験した濃度範囲では明らかな細胞毒性は見られませんでした。

この研究が示すこと

この研究は、発芽という身近な過程を使ってオーツ麦にセレンを取り込ませ、超音波支援抽出の条件を整えることで、セレンを伴う多糖画分を実際に回収できることを示しました。同時に、組織全体にセレンを最も多く溜め込む条件が、使いやすい多糖画分を得る条件とは必ずしも重ならないという実務的な注意点も浮かび上がりました。過剰な添加は根の伸長を抑え、多糖の回収も減らしたためです。

得られた画分の間でセレンの分布が偏り、セレンを伴う画分でβ-グルカン含量と抗酸化活性が高かったという報告は、セレン添加が多糖の組成や性質に関わりうることを示す手がかりです。ただし著者らは、セレンの化学種や結合様式を調べていないため、この解釈は暫定的であり、セレン濃縮がβ-グルカンに富む多糖の分子構造そのものを変えたかどうかを判断するにはさらに構造解析が必要だと明記しています。何が観察された事実で、何がまだ分かっていないのかを区別して読むことが、この報告を理解する鍵になります。

著者:Naphatsawan Singhadechachai(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Wannaporn Klangpetch(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Kridsada Unban(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Tabkrich Khumsap(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Pornchai Rachtanapun(Division of Packaging Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Apinya Chaikaew(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Waritsara Khamjing(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Suphat Phongthai(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)、Pipat Tangjaidee(Division of Food Science and Technology, Faculty of Agro-Industry, Chiang Mai University, Chiang Mai 50100, Thailand)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Naphatsawan Singhadechachai, Wannaporn Klangpetch, Kridsada Unban, et al. Optimization of Selenium Fortification and Ultrasound-Assisted Extraction of Bioactive Selenium-Polysaccharide Fractions from Germinated Oats (Avena sativa). Foods 2026-09-14. DOI: 10.3390/foods15183241. 原著ライセンス:CC BY.