この研究は、デンマークの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Medicine Advances
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ退院後の栄養支援に注目したのか
腹部の手術を受けた患者は、手術後に十分な食事量をとれないことが少なくありません。著者らは、手術という身体への負担が代謝の要求を高める一方で、必要なエネルギーやたんぱく質を摂れない患者が多く、筋肉量の減少や身体機能の回復の遅れにつながりうると説明しています。特に消化や吸収を担う臓器そのものを扱う腹部手術では、腸の動きが鈍ること(術後イレウス)や炎症反応にともなう食欲低下など、固有の難しさがあると述べられています。
近年広く用いられているERAS(術後回復強化プログラム)は栄養を重視していますが、その指針は原則として退院時点で終わると論文は指摘します。入院期間が短くなったことで回復の多くが自宅で進むようになった一方、退院後の栄養支援は手当てが薄い領域として残されている、という問題意識です。高齢の内科患者などでは退院後の栄養指導に利点が報告されていますが、腹部手術後の患者に限って見たときに何が分かっているのかは明確ではありませんでした。
そこで研究チームは、腹部手術後に退院してから自宅で行われる栄養カウンセリングについて、どのような研究が存在し、介入の中身と測られた結果がどのようなものかを地図のように描き出すことを目的としました。これはスコーピングレビューと呼ばれる手法で、効果の大きさを統合して結論を出すのではなく、研究の全体像と抜けている部分を整理するものです。
どのように文献を集めたか
著者らはPubMed、Embase、CINAHL、Cochraneの各データベースを体系的に検索し、最終検索は2025年3月3日に実施しました。あわせて、採用した論文の引用文献をたどる調査も行っています。報告はスコーピングレビュー向けのPRISMA-ScRに沿って行われ、データ抽出の前に研究計画が公開登録されました。
対象としたのは、18歳以上で腹部手術を受け、退院後に自宅で構造化された栄養カウンセリングを受けた成人を扱った原著研究です。カウンセリングの相当部分が患者の自宅で、対面あるいはオンラインで行われることが条件とされました。一方、経腸・静脈からの栄養投与、肥満外科手術など肥満関連の手術、主に減量を目的とした介入は、栄養上の目標が異なるため除外されています。総説や症例報告、学会抄録も対象外です。言語の制限は設けず、1995年から2025年に発表された研究が検討されました。
記録の選別は少なくとも2名の査読者が独立して行い、意見が分かれた場合は話し合いか第三者の判断で解決しています。各研究については、参加者の特性、研究期間、介入の内容や提供者・形式・頻度、経口栄養補助食品(ONS)の使用、対照群の内容、そして測定された結果とその方向性が抽出されました。
報告された主な結果
3783件の記録から、最終的に12本の出版物(11件の研究)が採用されました。全文を読んだ段階での主な除外理由は、自宅での栄養介入が含まれていないこと、学会抄録しか入手できないことでした。参加者数は24人から337人までで、いずれの研究も平均年齢は50歳以上でした。多かったのは予定手術としての胃切除、大腸がん手術、食道切除で、一部の研究はがん以外や緊急の手術も含んでいました。
カウンセリングは主に遠隔で提供され、とりわけ電話が中心でした。ビデオ通話やチャット機能付きのモバイルアプリ、またそれらの組み合わせも用いられ、外来受診と併用されることも多くありました。頻度は週2回から、3〜4か月にわたる3〜7回程度まで幅があり、提供者は管理栄養士、栄養士の指導を受けた看護師、その他の専門職と分かれていました。内容としては、手術後に適切なエネルギーとたんぱく質の摂取を達成・維持することに重点が置かれ、体重1kgあたり1日1.0〜1.5gのたんぱく質を目標とする助言が多くみられました。献立の立て方や食品の選び方、ONSの利用、栄養状態の継続的な見直しなどが典型的な構成要素です。ONSを中心に据えた3件の研究では、1日400〜500mLで20〜22gのたんぱく質を摂ることが目標とされていました。
測られた結果は研究ごとに大きく異なっていました。すべての研究が栄養に関する指標を2つ以上と、患者が自ら回答する指標を少なくとも1つ報告しており、体重または体格指数(BMI)はすべての研究で扱われていました。筋肉量は10件で報告されていますが、測定方法はDEXA(骨密度などを測る装置)、CT、上腕周囲長や皮下脂肪厚といった身体計測など多岐にわたります。一方、握力などの身体機能に関する指標を報告したのは3件、再入院や合併症などを含む臨床指標を何らかの形で1つ以上報告したのは6件にとどまりました。個々の臨床指標でみると、再入院率を扱ったのは4件、術後合併症を扱ったのは1件です。生活の質は10件で評価されていましたが、用いられた質問票は7種類に分かれていました。
効果の方向について著者らは、エネルギーやたんぱく質の摂取量は研究を通じて一貫して改善したと報告しています。体重やBMI、筋肉量、生活の質については利点を示す傾向がうかがえたものの、全体として結果はまちまちでした。身体機能に関する指標は評価されることが少なく、有意な利点を示した研究はなく、再入院や合併症などの臨床指標も報告が少なく効果は示されませんでした。著者らは、自宅での栄養カウンセリングは食事摂取量や一部の栄養指標の改善を支えうるが、機能的な回復や臨床的な転帰への影響は依然として不確かだとまとめています。
この整理が示すこと
論文は、腹部手術後の自宅での栄養カウンセリングに関する証拠が「限られており、かつばらばらである」ことを結論として示しています。提供方法は遠隔中心でおおむね共通しているものの、頻度や構成、ONSの位置づけには大きな差があり、何をどれだけ行ったのかという記述も十分ではなかったと指摘されます。
著者らはまた、結果の測り方が揃っていないことを大きな課題として挙げます。体重やBMIだけでは脂肪と筋肉の変化を区別できず、機能の変化も反映しません。欧州の高齢者医学の学会が栄養介入のための標準的な指標群を提案しているものの、今回の研究群では採用されていませんでした。そのうえで、今後の研究では介入内容をより明確に記述し、標準化された指標を用いることで比較可能性を高め、臨床に使える根拠を強めるべきだと述べています。
なお著者らは、スコーピングレビューという設計上、バイアスのリスクを正式に評価していないこと、観察研究が含まれなかったこと、対象となった手術の種類が胃・大腸・食道など多様で栄養上の課題も異なることを限界として挙げています。退院後の自宅こそ回復の大半が進む場であるにもかかわらず、そこを支える栄養支援の姿がまだ十分に描けていない――このレビューが浮かび上がらせたのは、そうした知識の空白の輪郭です。
著者:Elna A Dalsgaard(Center for Perioperative Optimization, Department of Surgery Copenhagen University Hospital Herlev Denmark)、Troels Gammeltoft Dolin(Geriatric Research and Clinical Evidence (GRACE), Department of Internal Medicine Geriatric Section Copenhagen University Hospital Herlev Denmark)、Tina Munk(Dietetic and Nutritional Research Unit Enheden af Diætister og Ernæringsforskning (EATEN) Copenhagen University Hospital Herlev Denmark)、Jesper Ryg(Department of Clinical Medicine Copenhagen University Copenhagen Denmark)、Jacob Rosenberg(Center for Perioperative Optimization, Department of Surgery Copenhagen University Hospital Herlev Denmark)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Elna A Dalsgaard, Troels Gammeltoft Dolin, Tina Munk, et al. Home‐Based Nutritional Counseling After Abdominal Surgery: A Scoping Review Revealing Limited and Heterogeneous Evidence. Medicine Advances 2026-09-01. DOI: 10.1002/med4.70084. 原著ライセンス:CC BY.