この研究は、韓国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Frontiers in Microbiology
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を目的とした研究か
ナシなどの果実には、収穫後の保管中に青かび病を起こすカビが付くことがあります。その一種であるペニシリウム・パネウム(Penicillium paneum)は、果実を腐らせるだけでなく、「パツリン」というカビ毒(マイコトキシン)をつくる系統が報告されています。論文によれば、パツリンはヒトに対して神経毒性・遺伝毒性・催奇形性・発がん性をもつカビ毒であり、細胞内のチオール基をもつ成分と結合したり、活性酸素(ROS)の発生を増やすことで細胞を傷つけると考えられています。そのため、保管中の果実がパツリンに汚染されるのを防ぐことが課題とされています。
従来、収穫後のカビ対策には合成の殺菌剤が主に使われてきました。しかし著者らは、薬剤が効かない耐性菌の出現、果実に残る薬剤の毒性への懸念、環境への影響から、植物由来などの天然成分が代替として注目されていると述べています。一方で、P. paneumの生育とパツリン産生に対して食品に使える天然成分がどう働くかについては、情報がほとんどないと論文は指摘します。そこで研究チームは、プロピルパラベン、シトラール、没食子酸(ガリック酸)という3種類の成分を取り上げ、ナシから分離された菌株P. paneum OM1に対する効果を調べました。これら3成分は、抗菌性や抗酸化性をもち、米国FDAによって一般に安全と認められる物質(GRAS)に該当することから選ばれたと説明されています。
どのように調べたか
研究チームは、パツリンができやすい培地(YES培地)の寒天プレートに3成分をそれぞれ3段階の濃度で加え、菌を接種して25℃で培養しました。濃度はプロピルパラベンが10・25・50 µg/mL、シトラールが100・200・400 µg/mL、没食子酸が100・250・500 µg/mLです。カビの生育はコロニー(菌の集まり)の直径と菌糸の乾燥重量で評価し、培養物から抽出したパツリンの量は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で測定しました。
さらに、パツリンがつくられる過程で働く5つの主要な遺伝子(patK、patL、patN、patG、patE)について、成分を加えたときに発現量がどう変わるかをRT-qPCRという手法で調べています。遺伝子の「発現」とは、その遺伝子の情報が読み出されて実際に使われている度合いのことで、発現が下がれば、その遺伝子が担う反応が進みにくくなると考えられます。最後に、実際のナシ(品種「新高」)の半割に菌を接種し、プロピルパラベンを加えて病斑の広がりとパツリン量を比較しました。
主な報告結果
論文の報告では、プロピルパラベン25 µg/mL、またはシトラール400 µg/mLを加えた条件で、菌がつくるパツリンは検出限界を下回りました。同じ濃度でのカビの生育抑制は、それぞれ14.5%と42.8%と報告されています。両成分では、濃度を上げるほどパツリン量と生育がともに下がる傾向がみられました。
一方、没食子酸は100〜500 µg/mLの範囲でカビの生育には影響しませんでしたが、25℃で7日間培養した後のパツリン産生は32.9〜37.8%減少したと報告されています。つまり没食子酸の場合は、カビそのものの増え方を抑えるのではなく、毒をつくる働きの方が抑えられた形です。
遺伝子発現については、3成分いずれの処理でもpatK、patL、patN、patG、patEの発現が低下しましたが、没食子酸を加えた場合のpatEだけは例外で、培養6日目の発現量が無添加の対照群と同程度でした。研究チームは、パツリン産生の減少は、これらの遺伝子の発現が転写の段階で抑えられた結果であることを示唆すると述べています。
ナシを使った試験では、半割1つあたり0.25 µgのプロピルパラベンを加えたところ、菌がつくったパツリンは検出されず、病斑の面積は57%小さくなったと報告されています。0.1 µgを加えた場合は、対照と比べてパツリン産生が70%減少しました。
この結果が示す意味
研究チームは、ごく低い濃度のプロピルパラベンがP. paneum OM1の生育とナシでのパツリン産生を強く抑えたことを示したとまとめています。3成分の比較からは、カビの増殖を抑える力と、毒の産生を抑える力が必ずしも一致しないことも読み取れます。没食子酸のように、生育には影響しなくてもパツリン産生だけが下がる場合があるためです。
著者らは、この知見が、ナシのパツリン汚染を防ぐための抗カビ・抗カビ毒成分として食品用途の天然成分を活用するうえで、新たな手がかりになりうると述べています。
著者:Ji-Yeon Koo(Department of Food and Nutrition, Hanyang University)、Sung-Yong Hong(Department of Food and Nutrition, Hanyang University)、Ae-Son Om(Department of Food and Nutrition, Hanyang University)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Ji-Yeon Koo, Sung-Yong Hong, Ae-Son Om. Inhibitory effects of propyl paraben, citral, and gallic acid on the growth, patulin biosynthesis, and patulin biosynthetic gene expression of Penicillium paneum OM1. Frontiers in Microbiology 2026-09-28. DOI: 10.3389/fmicb.2026.1949526. 原著ライセンス:CC BY.