エノキタケといえば、鍋料理や炒め物でおなじみの食用きのこです。実はエノキタケの仲間には、まだ十分に性質が調べられていない野生種や地域固有の株が存在します。今回紹介する研究では、チベットで採集された野生株「Z68」に着目し、その正体を遺伝子解析で確認したうえで、栽培に適した条件や成分の特徴、さらには特定の成分が多く含まれる理由を遺伝子レベルで探っています。

研究チームは、まずZ68株のITS配列(生物の種を見分ける際によく使われる遺伝子領域)と系統解析により、この株が"Flammulina yunnanensis"という種に該当することを確認したと報告しています。次に、この菌の菌糸がよく育つ条件を調べたところ、栄養源として麦芽糖や酵母エキス、硫酸マグネシウムを与え、温度20℃、pH7.0〜8.0程度に保つと生育が良好であったとされています。また、子実体(いわゆるきのこ本体)を形成させる条件についても確認されました。

研究でわかったこと

できあがった子実体の成分を分析した結果、タンパク質が100gあたり25.1g、16種類のアミノ酸の合計が100gあたり19.80g含まれていたと報告されています。さらに、鉄・カリウム・亜鉛の含有量は、比較対象とした近縁種"F. fennae"や、私たちが普段食べているエノキタケの一種"F. velutipes"と比べて有意に高かったとされています。

この"高い鉄含量"がなぜ生じるのかを調べるため、研究チームはZ68株を含む3種のきのこについて全ゲノム(生物が持つ遺伝情報全体)を解読し、鉄の代謝に関わる遺伝子群を比較しました。その結果、鉄関連遺伝子の多くは3種に共通してコピー数が1つで保存されている一方、"FTR1"と呼ばれる鉄を細胞内に取り込むための輸送体(鉄透過酵素)の遺伝子だけは、F. yunnanensisで2倍に増えていたことが明らかになったとされています。

さらに、このFTR1というタンパク質の構造を詳しく調べたところ(配列解析、膜を貫通する構造の予測、AIによる立体構造予測などの手法を用いたとされています)、F. yunnanensis特有の物理化学的な違いが6か所見つかったと報告されています。中でも、細胞内側のチャネル部分で電荷が反転するような変化(グルタミン酸からリジンへ)と、膜を貫通する部分の孔(あな)で極性のあるアミノ酸が極性のないアミノ酸に置き換わる変化(セリンからアラニンへ)は、鉄の輸送効率を高める可能性があると予測されています。

これらの結果から研究チームは、遺伝子のコピー数が増えたことと、タンパク質の構造が微調整されたことという"二段構え"の仕組みが、F. yunnanensisの鉄含量の高さに関わっている可能性があると考察しています。

この研究の位置づけ・読むうえでの注意

この研究は、野生のきのこ株を対象とした栽培条件の確認と、ゲノム解析による考察が中心であり、ヒトが実際にこのきのこを食べた場合の健康への影響を検証したものではありません。鉄・カリウム・亜鉛の含有量が比較種より高かったという結果も、あくまで分析した子実体サンプルについての報告であり、個体差や栽培条件による変動が生じる可能性もあります。また、FTR1の構造変化が輸送効率を高めるという点は、あくまで解析上の予測であり、実際の機能を直接測定した結果ではないとされています。一つの研究であり、結論が確定したわけではない点に留意が必要です。

まとめ

チベット産の野生きのこ株Z68は、遺伝子解析によってFlammulina yunnanensisと同定され、タンパク質やアミノ酸に加え、鉄・カリウム・亜鉛が比較種より多く含まれることが確認されました。その背景として、鉄を取り込む輸送体遺伝子FTR1のコピー数増加と構造上の変化という2つの要因が関わっている可能性が、ゲノム解析から示唆されています。野生きのこの多様性や、成分の違いを生み出す遺伝的な仕組みを知るうえで興味深い報告といえるでしょう。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:野生エノキタケ近縁種Flammulina yunnanensis株における鉄濃縮の生物学的特性、馴化、および分子基盤(ジャーナル・オブ・ファンジ・2026年07月)