この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Frontiers in Immunology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

塩分とがん免疫の関係を整理する

塩分のとりすぎは、これまで主に高血圧や心臓・血管の病気、腎臓病との関係で研究されてきました。論文が引用する世界保健機関(WHO)の資料によれば、世界の平均的な塩分摂取量は1日約10.8グラムで、推奨される5グラム以下の2倍を超えています。

この総説で著者らは、高塩分の食事ががんに対する免疫の働きにどう影響しうるかについて、これまでに報告された研究を整理しました。著者らは影響の経路を2つに分けています。1つはナトリウムが免疫細胞に直接作用する経路です。もう1つは、塩分が腸内細菌の構成や腸内細菌がつくる物質(代謝産物)を変え、それを通じて間接的に免疫に作用する経路です。

免疫細胞への直接の作用:がんを抑える面と進める面

細胞の周りのナトリウム濃度が高くなると、細胞は浸透圧のストレスを受けます。著者らによると、免疫細胞はこのストレスに反応して特定の信号経路を働かせ、炎症にかかわる物質の産生や、T細胞と呼ばれる免疫細胞の性質の変化が起こりえます。

整理された実験研究の中には、がんへの攻撃が強まったという報告があります。高塩分の条件で培養を増やしたマウスのCD4陽性T細胞は、乳がん細胞を攻撃する力が高まり、移植した腫瘍の成長を抑えました。培養したヒトのCD8陽性T細胞でも、塩分によって、がん細胞を傷つける力や攻撃に関わる物質の産生が高まったと報告されています。

一方で、長く続く塩分の過剰摂取は、がんを進める方向に働く可能性も示されています。高塩分は炎症を強めるTh17細胞とその産物IL-17を増やし、乳がんモデルでは腫瘍の増殖や肺への転移を後押ししたと報告されています。マウスでは、がん細胞の監視役であるNK細胞の発達や働きが損なわれたという結果もあります。さらに、胃の中の塩分が高いとピロリ菌の病原性にかかわる遺伝子の働きが強まり、胃の炎症とがん化が進みやすくなるという動物実験の報告もあります。著者らは、一部の研究でがん治療上の利点が示唆されていても、高塩分の食事を日常的な食事法として勧めるのは現実的ではないと述べています。

人を対象とした疫学研究の整理では、塩分摂取が多いことと、胃がんを中心に、食道がんや腎臓がんのリスクの高さとの関連が報告されています。これらは関連を示す研究であり、それだけで因果関係が示されたわけではありません。

腸内細菌を介した作用と、がんの種類・時期による違い

腸内細菌は、短鎖脂肪酸や胆汁酸、トリプトファン由来の物質などをつくり、免疫のバランスを保つのに役立っています。著者らは、高塩分の食事が腸内細菌の構成やこれらの物質を変えることで、免疫やがんの周囲の環境に影響しうると整理しています。マウスの研究では、高塩分の食事が腸内細菌とNK細胞の相互作用を通じて腫瘍への免疫を強めたという報告があります。反対に、大腸がんのマウスでは、高塩分の食事が抗がん剤治療の効き目を下げ、そこに腸内細菌由来の物質が関わっていたという報告もあります。

著者らは、こうした相反する結果を「免疫編集」という考え方で説明しています。免疫編集とは、免疫ががん細胞を排除する段階、がん細胞と免疫がせめぎ合う段階、がん細胞が免疫から逃れる段階を経て進むという見方です。塩分は初期には免疫の監視を強めて排除を助けうる一方、長くさらされると免疫細胞の疲弊などを通じて、がんが免疫から逃れるのを助けうるとされます。また、ある急性骨髄性白血病の動物研究では、高塩分の食事による明らかな影響が見られず、効果はがんの種類によっても異なると考えられています。

一方向では語れない塩分の影響

この総説が示すのは、塩分とがん免疫の関係が「良い」か「悪い」かの一言では表せないということです。塩分の影響は、がんの種類や進行の段階、塩分にさらされる期間、免疫の状態、腸内細菌の関与によって変わりうると著者らはまとめています。紹介された研究の多くは培養細胞や動物を用いたものです。食事、腸内細菌、免疫のつながりを手がかりに、がんと塩分の複雑な関係を読み解くための見取り図を示した総説といえます。

著者:Jiayu Dong(Sichuan Academy of Medical Sciences and Sichuan Provincial People’s Hospital)、Liyong Zhou(Sichuan Academy of Medical Sciences and Sichuan Provincial People’s Hospital)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Jiayu Dong, Liyong Zhou. From high-salt diet to cancer immunity: gut microbiota and immune system interactions and their mechanisms. Frontiers in Immunology 2026-10-02. DOI: 10.3389/fimmu.2026.1948343. 原著ライセンス:CC BY.