セレンは私たちの体に必要な微量元素のひとつですが、食品からどう効率よく取り込ませるかは、栄養強化食品の開発における関心事のひとつです。今回紹介する研究では、栄養価の高い食用キノコとして知られるサナギタケ(Cordyceps militaris)の菌糸体に注目し、セレンを含む3種類の化合物――セレン酸、亜セレン酸、セレノメチオニン――をそれぞれ与えたときに、菌糸体がどのようにセレンを取り込み、体内でどのような形に変えるのかを調べています。セレン強化キノコという新しい食品素材の可能性を探る基礎研究といえます。

研究チームはまず、3種類のセレン化合物がサナギタケ菌糸体の成長をどの程度阻害するかを調べ、成長を半分に抑える濃度(IC50)を算出しました。その結果、セレン酸は1028 mg/L、亜セレン酸は68.2 mg/L、セレノメチオニンは1.5 mg/Lとなり、セレノメチオニンが最も低い濃度で成長阻害を示すことが分かりました。次に、菌糸体がこれらのセレン化合物をどのくらいの速さで吸収するかを解析したところ、セレノメチオニンの吸収速度が亜セレン酸やセレン酸より高いことが示されました。

さらに、セレンが菌糸体に取り込まれる仕組みについても検討されています。細胞のエネルギー産生に関わる働きを阻害する薬剤(CCCPや2,4-DNP)を加えると、セレンの吸収が抑えられたことから、この吸収にはエネルギーを使う能動的な過程が関わっていると考えられました。また、硫黄やリンを添加すると亜セレン酸・セレン酸の取り込みがそれぞれ80.6%、81.9%減少し、メチオニンを添加するとセレノメチオニンの取り込みが14.2%減少したことも報告されています。これは、セレンが硫黄やリン、メチオニンと似た経路を使って菌糸体に取り込まれている可能性を示唆しています。

また、亜セレン酸を40 mg/Lという濃度で与えた場合、菌糸体がこれを単体セレン(無機の金属セレン)へと変換できることが確認されました。加えて、セレンを取り込んで濃縮した菌糸体の中で主に検出されたセレン化合物は、セレノメチオニン、セレノシステイン、Se-メチルセレノシステインであったと報告されています。これらの結果を総合し、研究チームは、亜セレン酸を用いてサナギタケ菌糸体にセレンを取り込ませる方法が、今回検討した3つの方法の中では最適な戦略であると結論づけています。そして、こうしてセレンを濃縮させた菌糸体は、食生活における新しいセレン供給源となり得る可能性があると述べています。

この研究を読むうえでの注意

この研究は、サナギタケの菌糸体という培養条件下での実験結果に基づくものであり、実際に人がこの菌糸体を食べた場合の効果や安全性、体内での吸収・利用のされ方までを直接示したものではありません。あくまで一つの研究であり、結論が確定したわけではない点に留意する必要があります。セレンは摂り過ぎると健康への影響が懸念される元素でもあるため、今回の知見は今後の栄養強化食品開発に向けた基礎データという位置づけで捉えるのが適切と考えられます。

まとめ

今回の研究では、サナギタケ菌糸体を用いて、セレン酸・亜セレン酸・セレノメチオニンという3種類のセレン化合物の吸収と変換の様子が比較されました。セレノメチオニンは吸収速度が速い一方で成長阻害も強く現れ、亜セレン酸は単体セレンへの変換が確認されるなど、化合物ごとに異なる特徴が示されています。研究チームは、亜セレン酸を用いた強化がサナギタケ菌糸体にとって最適な方法であり、セレン強化キノコが新たな食のセレン源となり得る可能性を示唆していますが、これは基礎研究段階の知見であることに留意が必要です。

※本記事は下記の原著論文を紹介するものです。参考文献:サナギタケ(Cordyceps militaris)におけるセレン酸・亜セレン酸・セレノメチオニンの比較生体蓄積とバイオトランスフォーメーション(バイオケミストリー・アンド・バイオフィジックス・リポーツ・2026年07月)