著者の所属・活動拠点の国は、イギリスです。
掲載誌:Antipode
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: 論文PDF
研究の目的:都市の空き地を畑に変える人びと
中国の巨大都市である広州と武漢では、ごく普通の人びとが工事現場や道路の中央分離帯などの空き地に入り込み、野菜を育てています。耕作する人たちはこの営みを「開荒(カイホワン)」と呼びます。もともとは荒れ地を切り開いて耕すという意味の言葉です。
開荒は、組織や支援、法的な権利がないまま、個人がそれぞれの判断で行っています。ひとつひとつの畑は小さくても、数多く集まると都市の景観を目に見える形で変えていきます。著者は、こうした個人の行動が都市空間をどのように「農地化」しているのかを明らかにしようとしました。あわせて、その背後にある農村的な考え方や慣習(論文のいう「農耕の論理」)が、現代の都市のなかでどのように働き続けているのかを考察しています。
衛星データと現地調査を組み合わせた方法
開荒は都市の隙間で非公式に行われるため、体系的な記録がなく、人手で全体を調べることも困難でした。そこで研究では、欧州宇宙機関の地球観測衛星センチネル2が撮影した高解像度の画像データを使いました。既知の耕作地を手がかりに学習させた機械学習の分類手法で、開荒の特徴に当てはまる土地を探し出しています。一部の結果については、さらに精細な衛星画像を目で確認し、実際に耕作地が存在するかを検証しました。
この分析により、2017年から2022年にかけて、両都市の中心部で開荒の可能性が高い場所が数百か所見つかりました。開荒が及んでいる土地の割合は、武漢で4〜7%、広州で1〜2%と推定されています。
さらに著者は、120か所の開荒の現場で観察と聞き取りを行いました。その結果を歴史研究、行政機関の記録、公文書などと照らし合わせ、開荒が都市のどのような場所を利用しているかを空間的な類型として整理しています。
誰が、どのように耕しているのか
耕作の場の例として、論文は「城中村」と呼ばれる都市内の旧村落と新しい開発地とのあいだに取り残された土地を挙げています。こうした場所は、村の集団が所有する土地と国有地のはざまにあり、帰属がいっそうあいまいです。耕作する人たちは、元の村人から暗黙の了解を得ているものとみなして畑を作っていました。ある67歳の女性は、村人はもう豊かになって農業をしないので、嫌なら言いに来るか看板を立てるはずだ、と話しています。この理屈に法的な根拠はありませんが、女性は2度目の収穫期を迎えており、訪問時にはほかに6人ほどが同じ場所で耕作していました。
広州で訪れた現場のうち11.1%にあたる6か所は、「公共緑地」という類型に分類されました。小高い丘の未開発地、住宅地の芝生、公園の中などです。著者は、これがおそらく最も議論を呼ぶ類型だとしています。見捨てられた土地ではなく、公共的で生態的にも価値があるとみなされる空間だからです。ある公園では、土地を収用された元の村人たちが、木々に隠れた園内の中心部で耕作していました。巡回する警備員は、公園の運営の妨げとは考えていないと答えています。比較的安定した関係が続いたことで、この村人たちは果樹のような長く育てる作物も植えていました。
両都市に共通して、耕作者の多くは現在耕している土地と長い関わりを持っていました。最も多かったのは、その土地を収用され、補償として近くの集合住宅を受け取った元の村人たちです。空き地をどうやって知ったのかと尋ねると、「もちろん知っている、ここは私たちの土地だ(だった)」という答えが多く返ってきました。親族や元の隣人などの人間関係も開荒を支えており、そうした知人のなかには清掃員や警備員、都市管理などの行政部門で働く人もいました。一方で、他の地域から移り住んだ人がこうしたつながりを持つことはまれで、地元の人とは立場が異なっていました。
行政との関係は統一されておらず、担当者によって対応が異なっていました。開荒は公式には認められた土地利用ではありません。それでも多くの現場は、権限を持つ人びとの非公式な了解や黙認のもとで存続していました。その背景には、開荒が比較的害の少ない営みであることや、人間関係、高齢者への配慮があるとされます。ただし、市民からの苦情で公の目に触れると、そうした黙認はすぐに失われがちだと報告されています。著者は、農村の土地法で荒れ地の開墾が法的に保護されていることも、開荒の正当性の問題をさらに複雑にしていると指摘しています。
研究が示すこと
この研究は、互いにつながりのない個人の小さな行動が積み重なることで、公式の制度や組織の外側でも、都市の景観に読み取れるほどの変化が生まれていることを示しました。急速な都市化のなかでも農村的な論理は消えておらず、今も人びとの日常の行動を方向づけています。都市の形が計画や制度だけで決まるわけではないことを、開荒という身近な営みを通じて伝える研究です。
原著論文の著者・所属:Hanxi Wang(Department of Geography University College London London UK)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Hanxi Wang. Agrarianizing Urbanization: Opening the Wastelands of China's Megacities. Antipode 2026-09-01. DOI: 10.1111/anti.70207. 原著ライセンス:CC BY.