大型ダムの建設は川の流れだけでなく、魚に含まれる水銀の量にも影響を与えることがあると報告されています。アマゾン地域で最大級の発電容量を持つベロモンテ水力発電所(ブラジル・パラー州、シングー川)が2016年に稼働を始めて以降、周辺の魚にどのような変化が起きているのかを調べた研究を紹介します。
水銀は微量でも毒性を持つ金属で、なかでもメチル水銀と呼ばれる有機水銀の形は毒性が強いことが知られています。人が水銀にさらされる主な経路は魚の摂取とされ、神経や免疫、内分泌などへの影響が懸念されています。川に沈んだ土砂(堆積物)の中では、酸素の少ない環境で働くバクテリアの働きによって無機水銀がメチル水銀に変換され、これが魚などの生き物に取り込まれて食物連鎖の中で濃縮されていく仕組みが知られています。ダムの建設で水没した森林などの有機物が、こうした水銀のメチル化を進める条件を生み出す可能性があるといいます。
調査の方法とわかったこと
研究チームは2019年5月(雨季の終わり)に、ベロモンテ水力発電所の影響を受けるシングー川沿いの8地点(P1〜P8)で、水・堆積物・魚の水銀濃度を調べました。地点には、ダムより上流で影響を受けていない基準地点(P1)、貯水池内の地点(P2〜P4)、流量が大きく減少した「ヴォルタ・グランデ・ド・シングー」と呼ばれる区間(P5・P6、過去に手作業での金採掘が行われていた歴史を持つ地域)、ダムより下流の地点(P7・P8)が含まれます。
魚は、肉食性で成魚になると主に魚を食べる「ピーコックバス」ことCichla melaniaeと、デトリタス(生物の死骸や排泄物などの有機物)を食べるデトリタス食性のBaryancistrus xanthellus(和名なし、Golden Nugget Plecoと呼ばれる種)の2種を採取しました。この2種の分布域の関係で、魚のサンプル採取はP1・P2・P5・P6の4地点に限られています。魚は麻酔・安楽死のうえ体長を測定し、肝臓・筋肉・えらの3組織を採取して水銀濃度を分析しました。分析は冷蒸気原子吸光法という手法を用いています。
堆積物の水銀濃度は、貯水池内のP3地点で最も高く(0.16μg/g)、ダムより下流のP7・P8地点で最も低い値でした。研究チームは、貯水池形成にともなう有機物の流入がP3での高い数値に関係している可能性、また流量が減ることで水銀が貯水池内に沈殿・保持されやすくなっている可能性を挙げています。一方、水中の総水銀・溶存水銀濃度はほとんどの地点で検出限界を下回りました。
魚の組織では、2種とも「肝臓>筋肉>えら」という同じ濃度の順番が見られ、肉食性のC. melaniaeはデトリタス食性のB. xanthellusより明らかに高い水銀濃度を示しました。C. melaniaeでは、体長が大きい個体ほど肝臓・筋肉・えらのいずれの組織でも水銀濃度が高くなる関係が確認されています(統計的な相関の強さを示すr²値は筋肉で0.71など)。一方、B. xanthellusでは体長との関係はほとんど見られず、むしろえらの水銀濃度は体長が大きいほどわずかに低下する傾向が見られました。地点間の比較では、B. xanthellusは貯水池内のP2地点で他の地点より高い水銀濃度を示し、C. melaniaeでも、ダムの影響を受けない上流のP1と、流量が減少した区間にあたるP3(本文の地点説明に基づく貯水池関連区間)などとの間でえらの水銀濃度に差が見られました。なお、両種とも筋肉中の水銀濃度は、ブラジルの法律が定める人の食用に関する安全基準(捕食性魚類で1.0mg/kg、非捕食性魚類で0.5mg/kg)の範囲内にとどまっていました。
この研究の位置づけと限界
研究チームは、ベロモンテ水力発電所のように稼働を始めて間もない発電所でも、水銀の蓄積パターンに影響がすでに現れ始めている可能性を指摘しています。ベロモンテは、多くのアマゾンのダムのように大量の水を貯め込む従来型の貯水池ではなく、川の自然な流量に依存して発電する「流れ込み式」であるにもかかわらず、貯水池内の地点で魚の水銀濃度が高くなっていた点は注目されるとしています。
ただし著者らは、この発電所が稼働してからまだ日が浅く、シングー川の各区間で定まった水の流れ方(水文パターン)がまだ確立されていないことから、今回の結果は水銀の挙動について確定的な結論を導くには時期尚早な予備的なものだと述べています。そのうえで、ダムより下流域を含めた他の魚種の調査や、中長期にわたる継続調査が必要だとしています。
本研究はブラジル・パラー州の連邦大学(UFPA)を中心に、アルゼンチンの海洋沿岸研究所(IIMYC, CONICET)、ブラジルのエヴァンドロ・シャーガス研究所の研究者が共同で行ったもので、日本の研究機関や日本の食習慣に関する言及は原論文中に見当たりませんでした。
まとめ
この研究は、アマゾンの大型水力発電所の稼働後に、周辺の水・堆積物・魚における水銀濃度がどのように分布しているかを、種ごとの食性や体長との関係を含めて調べたものです。調べられた魚の筋肉中の水銀濃度は現行の食用基準を下回っていたものの、貯水池付近や大型個体で濃度が高まる傾向が示されており、著者らはこれを一つの手がかりとしつつ、今後の継続的な監視の必要性を述べています。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Hildegard de Holanda Silva, Thaís Pereira Nascimento, Marcelo de Oliveira Lima, et al. Mercury in Fish from the Xingu River in Environments Influenced by the Belo Monte Hydroelectric Plant, Amazon, Brazil. エコトキシコロジー・アンド・エンバイロンメンタル・コンタミネーション (2026). DOI: 10.5132/eec.2026.01.05. 原著ライセンス: cc-by.