この研究は、中国の研究機関の研究論文です。
掲載誌:Foods (Basel, Switzerland)
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC
研究の目的
サバなどの脂の多い魚を加工した製品では、油の酸化によって生じる「アルデヒド類」と呼ばれる成分が、独特の生臭さの原因になります。研究チームは、こうしたにおい成分が単に多いかどうかだけでなく、魚の筋肉に含まれるたんぱく質に結びついて留まっている点にも注目しました。たんぱく質に抱え込まれたにおい成分は、その場ではにおいとして感じにくくても、後から放出されてにおいが長引く原因になり得ると考えたためです。
この研究は、ショウガの辛味成分である「ジンゲロール」に着目しています。ジンゲロールには側鎖(分子の端から伸びる炭素の鎖)の長さが異なる6-、8-、10-ジンゲロールという仲間があり、鎖が長いほど油になじみやすい性質を持ちます。著者らは、この鎖の長さの違いと、におい成分側の構造の違いが、たんぱく質へのにおい成分の保持にどう影響するのかを明らかにしようとしました。
何をどう調べたか
研究チームは、サワラ(Spanish mackerel)の背側の筋肉から筋原線維たんぱく質(筋肉の主要な構造たんぱく質、以下MP)を取り出しました。そこへ、炭素数が同じ10個でありながら構造の異なる3種類のアルデヒド——(E)-2-デセナール(T2D)、(E,E)-2,4-デカジエナール(DDE)、trans-4,5-エポキシ-(E)-2-デセナール(E2D)——のいずれかを加え、ジンゲロールを加えない場合と、6-、8-、10-ジンゲロールのいずれかをたんぱく質1グラムあたり125マイクロモル加えた場合を比べました。
測定にはいくつかの手法が組み合わされています。容器の上部にたまった気体中のにおい成分を捕集して分析する方法(ヘッドスペース法)で、たんぱく質側に留まった割合を求めました。さらに、たんぱく質の立体構造や結合のしかたを光の吸収・蛍光・円偏光二色性といった分光法で観察し、コンピュータ上でたんぱく質とジンゲロールの結合位置を予測する分子ドッキング計算や、100ナノ秒間の分子動力学シミュレーションも行っています。
なお著者らは、これらの測定値の性格についても慎重に述べています。ヘッドスペース法で得た保持の割合は、分子レベルの結合量を直接測ったものではなく「見かけの」指標であること、蛍光の減少についても補正計算を行っていないため結合の強さを示す定数は算出しなかったこと、計算による結合スコアは実験で得られる自由エネルギーそのものではないことを明示しています。
主な報告結果
ジンゲロールを加えない状態では、MPによるにおい成分の見かけの結合割合はT2Dで約81%、DDEで約72%、E2Dで約85%でした。3種類のジンゲロールはいずれもこの値を下げ、なかでも10-ジンゲロールを加えたときが最も低く、それぞれ約68%、65%、68%になったと報告されています。低下の幅はにおい成分の種類によって差があり、E2Dで大きく、DDEで小さいという結果でした。著者らは、炭素数が同じでも構造の違いが応答の差につながったと述べています。
結合のしかたを探るため、たんぱく質と分子の結びつきを乱す薬剤を加える実験も行われました。硫酸ナトリウムを加えると見かけの結合は増え、グアニジン塩酸塩やプロピレングリコールを加えると減少しました。この傾向は、水になじみにくい部分どうしの結びつき(疎水性相互作用)が重要な役割を果たしていることと矛盾しませんが、著者らは各薬剤がたんぱく質の折りたたみや凝集、水和、気体と液体の間の分布を同時に変えうるため、特定の結合の種類だけを取り出して評価したものではないと注意を促しています。
計算による解析では、6-、8-、10-ジンゲロールのスコアはそれぞれ-4.741、-5.810、-5.147キロカロリー毎モルで、3種のアルデヒド(-4.475〜-4.537)より有利な値でしたが、最も有利だったのは10-ジンゲロールではなく8-ジンゲロールでした。実験で保持が最も低かったのは10-ジンゲロールであり、鎖が長いほど一律に効果が大きいという単純な説明にはならないことが示されています。一方、10-ジンゲロールとDDEを同じ領域に置いた計算では、10-ジンゲロールがくぼみの奥に、DDEが縁側に位置し、シミュレーションでも10-ジンゲロールのほうがくぼみに留まり続け、MM/GBSAと呼ばれる比較用の推定値も-33.06対-12.38キロカロリー毎モルと、より有利でした。
この研究が示すこと
著者らは、これらの結果を「三つの層」からなる作業仮説としてまとめています。液体・たんぱく質・気体のあいだでにおい成分がどう分配されるかという層、ジンゲロールの結合でたんぱく質の構造や結合部位の近づきやすさが変わる層、そして特定のくぼみをジンゲロールとにおい成分が奪い合う層です。測定手法ごとに結果が完全には一致しない理由も、この枠組みで説明できると述べています。
同時に著者らは、結果の解釈に明確な線を引いています。たんぱく質への保持が下がることは、におい成分が気体側へ出やすくなることを意味するため、閉じた容器の中ではかえってにおいが強まる可能性もあり、放出された成分を取り除く工程と合わせて考える必要があると指摘しています。今回の実験では脱臭の効果もにおいの感じ方も測定されておらず、得られたのは官能評価による検証に向けた仕組みの手がかりであって、脱臭効果そのものの証明ではない、というのが著者らの立場です。
著者:Zhao HL(State Key Laboratory of Marine Food Processing and Safety Control, National Engineering Research Center of Seafood, Collaborative Innovation Center of Seafood Deep Processing, Dalian Technology Innovation Center for Chinese Prepared Food, School of Food Science and Technology, Dalian Polytechnic University, Dalian 116034, China.)、Jiao YT(State Key Laboratory of Marine Food Processing and Safety Control, National Engineering Research Center of Seafood, Collaborative Innovation Center of Seafood Deep Processing, Dalian Technology Innovation Center for Chinese Prepared Food, School of Food Science and Technology, Dalian Polytechnic University, Dalian 116034, China.)、Qin L(State Key Laboratory of Marine Food Processing and Safety Control, National Engineering Research Center of Seafood, Collaborative Innovation Center of Seafood Deep Processing, Dalian Technology Innovation Center for Chinese Prepared Food, School of Food Science and Technology, Dalian Polytechnic University, Dalian 116034, China.)、Chen JN(College of Light Industry, Liaoning University, Shenyang 110036, China.)、Huang XH(State Key Laboratory of Marine Food Processing and Safety Control, National Engineering Research Center of Seafood, Collaborative Innovation Center of Seafood Deep Processing, Dalian Technology Innovation Center for Chinese Prepared Food, School of Food Science and Technology, Dalian Polytechnic University, Dalian 116034, China.)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Zhao HL, Jiao YT, Qin L, et al. Competitive Binding of Gingerol Homologs to Fish Myofibrillar Protein Reduces the Retention of Aldehydic Off-Odor Compounds. Foods (Basel, Switzerland) 2026-09-11. DOI: 10.3390/foods15183216. 原著ライセンス:CC BY.