この研究は、ドイツの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Nature Communications

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

何を明らかにしようとしたのか

著者らは、食生活の良し悪しが体の分子レベルの状態にどう表れるのかを調べました。栄養学の研究はこれまで、赤身肉や野菜といった個々の食品・栄養素に注目することが多かったのですが、実際の食事は多様な食品の組み合わせです。そこで用いられるのが「食事の質スコア」で、ある人の食事が栄養ガイドラインや疾病予防の知見にどれだけ沿っているかを点数化したものです。この研究では、地中海食スコア(MDS)、DASH、MIND、AHEI-2010、北欧食、EAT–Lancet、植物性食品指数(PDI、健康的なhPDI、非健康的なuPDI)、食事炎症指数(DII)という10種類のスコアを扱っています。

注目したのは、DNAメチル化と呼ばれる仕組みです。これはDNAの塩基配列そのものは変えずに、遺伝子の働き方を調整する化学的な目印で、食事などの環境要因がゲノムに影響を及ぼす経路の一つと考えられています。このメチル化のパターンから推定される「生物学的年齢」の指標が「エピジェネティック時計」です。著者らによれば、食事のパターンごとに生物学的老化やDNAメチル化への影響が異なるのかどうかは、まだ確立されていませんでした。研究チームは、(1)10種のスコアとエピジェネティックな加齢指標の関係、(2)ゲノム全体のメチル化との関係、(3)見つかったメチル化部位が関わる生物学的な仕組みの検討、という三つを目的に掲げています。

どのように調べたか

主たる解析(発見コホート)には、ドイツ・ボンで実施されている住民ベースのコホート研究「ラインランド研究」の参加者6470人のデータが使われました。平均年齢は56.3歳(30〜95歳)、57%が女性です。食事内容は過去1年間の食品・飲料の摂取頻度を尋ねる半定量的な食物摂取頻度質問票で把握し、そこから各スコアを算出しました。血液から採取したDNAのメチル化は、ゲノム上の約85万か所のCpG部位を測定できるアレイで調べています。これは従来の研究で多く使われてきた45万か所のアレイより広い範囲をカバーします。

加齢の指標としては、第二世代の時計であるGrimAgeとPhenoAgeの「年齢加速」(実年齢から予測される値とのずれ。正の値は実年齢より生物学的に老けていることを示す)と、第三世代のDunedinPACE(老化の進行速度を表し、1より大きければ速いことを示す)を用いました。さらに、ゲノム全体を対象にメチル化との関連を網羅的に探す解析(EWAS)を行い、得られた結果を別の住民コホート「EPIC-ポツダム」の参加者1034人(平均年齢49.9歳、62%が女性)のデータで検証しています。

報告された主な結果

著者らの報告では、MDS、DASH、MIND、AHEI-2010、北欧食、PDI、hPDIといった健康的な食事パターンへの遵守度が高い人ほど、三つの加齢指標が低い傾向にありました。逆に、uPDIやDIIが高い人ほど、これらの値は高い傾向を示しました。10種のスコアすべてがDunedinPACEと統計的に有意に関連し、DASHと北欧食スコアは三つの指標すべてと一貫して有意に関連していました。たとえばDASHスコアが1標準偏差(4.4点)高いことは、GrimAgeの年齢加速が0.03標準偏差、PhenoAgeが0.03標準偏差、DunedinPACEが0.10標準偏差低いことに対応していたと報告されています。なお、これは観察された関連であり、因果関係を示したものではありません。興味深い点として、健康的な食事と加齢指標の関連は現在喫煙している人でより顕著で、過去の喫煙者や非喫煙者では同様の傾向が見られませんでした。

ゲノム全体の解析では、EAT–Lancetを除くすべてのスコアがDNAメチル化と関連していました。有意な部位の数はAHEI-2010の54か所からuPDIの3か所まで幅があり、見つかった部位の約半数は新しいアレイにのみ含まれる、従来の研究では検出できなかった場所でした。注目されたのは次の点です。食事パターンごとに関連するメチル化部位や遺伝子の重なりはごくわずかでしたが、それらが関わる生物学的な経路(細胞同士の接着、軸索のガイダンス、カルシウムシグナル伝達、細胞内取り込み、MAPKシグナル伝達など)は70%以上が共通していました。同時に、食事に固有の経路も見つかっており、DASHでは大動脈弁や心臓弁の発生に関わる経路、MINDでは認知・学習・記憶や中枢神経系の軸索形成に関わる経路が、それぞれ特異的に関連していたと報告されています。

EPIC-ポツダムでの検証では、加齢指標との関連は方向・大きさともにラインランド研究と一致していました。ゲノム全体のレベルでは部分的な再現で、発見コホートで有意だった240か所のうち39か所が再現されています。EAT–Lancetについては、どちらのコホートでもゲノム全体で有意な部位は見つかりませんでした。ただしDunedinPACEとは有意な関連があり、著者らはこの食事パターンが蓄積した生物学的年齢ではなく老化の進行速度に関わる可能性を指摘しています。

この研究が示すこと

著者らは限界にも触れています。対象は両コホートともヨーロッパ系のドイツ人が中心で、他の祖先や食習慣の集団への一般化は今後の課題です。質問票による食事の把握には測定誤差が伴い、調整しきれない交絡の可能性も残ります。EPIC-ポツダムの食事データは1990年代に集められたもので、当時の食習慣を反映している点も指摘されています。

それでも、この研究は複数の異なる健康的な食事パターンが、それぞれ別のメチル化部位を通じながらも似通った生物学的経路に収束することを示しました。著者らは結論として、どの健康的な食事パターンを選ぶかよりも、全体として健康的な食事を続けることの方が重要である可能性を指摘しています。同時に、特定の食事パターンが固有の経路と結びついていたことは、疾病リスクに応じた食事の助言という考え方の余地も示しています。

著者:Juliana F. Tavares(Population Health Sciences, German Centre for Neurodegenerative Diseases (DZNE), Bonn, Germany)、Dan Liu(Population Health Sciences, German Centre for Neurodegenerative Diseases (DZNE), Bonn, Germany)、Valentina Talevi(Population Health Sciences, German Centre for Neurodegenerative Diseases (DZNE), Bonn, Germany)、Fabian Eichelmann(Department of Molecular Epidemiology, German Institute of Human Nutrition Potsdam-Rehbruecke, Nuthetal, Germany)、Franziska Jannasch(Department of Molecular Epidemiology, German Institute of Human Nutrition Potsdam-Rehbruecke, Nuthetal, Germany)、Matthias Bernd Schulze(Department of Molecular Epidemiology, German Institute of Human Nutrition Potsdam-Rehbruecke, Nuthetal, Germany)、N. Ahmad Aziz(Department of Neurology, Faculty of Medicine, University of Bonn, Bonn, Germany)、Ute Nöthlings(Institute of Nutritional and Food Sciences - Nutritional Epidemiology, University of Bonn, Bonn, Germany)、Monique M.B. Breteler(Population Health Sciences, German Centre for Neurodegenerative Diseases (DZNE), Bonn, Germany. [email protected])

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Juliana F. Tavares, Dan Liu, Valentina Talevi, et al. Associations between diet quality, epigenetic aging and epigenome in two population-based cohorts. Nature Communications 2026-08-29. DOI: 10.1038/s41467-026-77064-4. 原著ライセンス:CC BY.