この研究は、スペインの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Microorganisms

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: Europe PMC

なぜ「腸チップ」が注目されているのか

腸は食べ物から栄養を取り込むだけの器官ではありません。著者らは、腸が物質の輸送や代謝、重要な分子の放出にも関わり、さらに腸の壁には微生物の集団(マイクロバイオーム、腸内細菌をはじめとする微生物の集まり)が住みついていると説明しています。この微生物集団は免疫細胞と双方向のやりとりをしながら、病原体から体を守り、ビタミンやGABA、短鎖脂肪酸といった分子をつくることで、体内の環境を一定に保つ働きを担うとされています。原著は、消化器の不調が世界の人口の20〜40%にみられたという大規模な多国間調査を引きながら、腸の状態が健康全体に関わることを指摘しています。

しかし、腸と微生物のやりとりを実験で再現するのは難しいと著者らは述べます。動物実験はコストや倫理の問題があり、動物と人間では微生物の構成が異なります。従来の平面的な細胞培養(インサートを使った単層培養)は簡便で再現性が高い一方、微生物が増えて代謝活動を行うにつれて細胞が傷み、やがて死んでしまうため、短期間の情報しか得られないとされています。立体的に腸の構造を模したオルガノイドも進歩していますが、生きた微生物と一緒に培養できる期間は球状の形態では概ね1日程度にとどまる、と原著は報告しています。

そこで登場したのが「ガット・オン・チップ(GoC、腸チップ)」です。これは微細な流路(マイクロ流路)をもつ小型の装置の中で腸の環境を再現する手法で、液体の流れや機械的な刺激、仕切られながらもつながった区画を組み込めます。原著は、最初のGoCが柔らかい樹脂(PDMS)製の2本の流路を多孔性の膜で隔てた装置で、ヒト腸上皮細胞を敷き、弱い流れと腸のぜん動運動を模した周期的な伸び縮みを与えたものだったと紹介しています。この条件では細胞の分化が進んで腸の絨毛に似た立体構造ができ、バリア機能も高まり、最長1週間にわたって微生物との共培養を維持できたと報告されています。

著者らは、GoCに関する総説はすでにあるものの、それらは叙述的な概観が中心で、分野全体の方法論を体系的に評価したものではないと述べています。チップの材質や構造、使う細胞、共培養の条件、測定項目が研究ごとに大きく異なることが標準化の妨げになっているという問題意識から、本研究の目的は、腸チップを用いた微生物研究の現状を体系的にまとめ、装置を横断的に比較することに置かれました。

どのように論文を集め、評価したか

この研究は、系統的レビュー(あらかじめ決めた基準で文献を網羅的に集めて整理する手法)として、PRISMAという報告指針に沿って行われました。著者らはPubMed、Embase、Google Scholarの3つのデータベースを検索し、「gut-on-chip」などの装置名と「microbiota」「probiotic」「pathogen」などの語を組み合わせた検索式を用いています。

対象に含めるには、腸の生理的な特徴(区画化した培養、制御された流れ、機械的刺激、上皮バリア機能など)を再現するマイクロ流路型の腸チップであること、そして宿主側の生物学的要素と微生物側の要素の両方を含むことが条件とされました。宿主側は腸上皮の細胞株、腸オルガノイド、生検組織をチップに組み込んだものが該当し、微生物側はプロバイオティクス菌株、ポストバイオティクス、常在菌、病原菌、真菌、ウイルス、複数種の混合集団、便由来の微生物群が該当します。マイクロ流路を伴わない通常のオルガノイド培養、また装置の工学的評価のみで宿主と微生物の相互作用を見ていない研究は除外されました。総説や学会抄録などの一次データを伴わない文献、査読を受けていないプレプリント、英語以外の論文も除外されています。

検索で472本(PubMed 98本、Embase 194本、Google Scholar 180本)が見つかり、重複62本と文献種別による288本を除いた122本が題名と要旨の選別に進みました。取得できなかった2本とプレプリント3本を除いた117本の全文を評価し、主題が合わない69本を除外した結果、最終的に48本が組み入れられました。選別は3名の査読者が独立に行い、多数の一致で判断し、意見が分かれた場合は議論で決めています。

各研究の偏り(バイアス)のリスクについては、動物実験向けのSYRCLEという評価ツールを試験管内実験向けに改変した版をさらに腸チップと微生物研究に合わせて調整して用いました。著者らは、全体として研究の方法論的な質はおおむね許容できる水準だったと評価しつつ、報告の不足をいくつか挙げています。具体的には、使用した菌株や微生物集団の情報が不十分な研究が2本、微生物を用いた介入の記載が不十分な研究が3本、チップの特性や実験条件の記述が不十分な研究が4本、統計解析の詳細が不足する研究が2本でした。著者らは、これらは研究設計の根本的な欠陥ではなく実験手順や解析方法の報告の不完全さに関わる問題だと整理し、48本すべてを統合の対象として残したうえで、解釈の際にこの限界を考慮したと述べています。

48本の論文から見えた装置の傾向

材質については、最も多く使われていたのがPDMS(36本)で、次にポリカーボネート(5本)、ポリスチレン(3本)が続き、ほかにメタクリレートやポリブチレンテレフタレートもありました。これらはいずれも透明で細胞培養や観察に適していますが、著者らはPDMSの特徴として弾力性と気体の通りやすさを挙げています。弾力性があるおかげで周期的な伸び縮みによって腸のぜん動運動を再現できる一方、酸素を通しやすい性質は、宿主細胞を生かすうえでは有利でも、酸素に弱い微生物を扱うモデルでは厳密な酸素の勾配が必要になるため難点になると説明されています。また、水をはじく性質は微生物が最初にチップ表面に付着するのを助けうる反面、水になじみにくい薬剤や代謝物がPDMSに吸収されて利用できる量が減り、結果に影響する可能性も指摘されています。

製造法では、型に材料を流して固める「ソフトリソグラフィ」が最も一般的で、PDMSを使う場合に特に多く(31本)用いられていました。このほか、射出成形(2本)、3Dプリンタによる直接造形(2本)、切削や レーザー加工(5本)といった、中間の型を必要としない方法も使われています。

構造については、流路が2本のもの(32本)が最も多く、3本(7本)、複数(2本)、1本だけ(4本)という内訳でした。流路が1本だけの最も単純な構成は、著者らによれば従来の培養インサートに近いものと見なせます。流路は多孔性の膜で隔てる場合と、物理的な仕切りを設けない場合があります。複数の流路があることで、腸の内側(管腔側)と血管側のように異なる区画を表現し、互いに影響しあう培養環境をつくれるため、多流路のチップが好まれることが多いと述べられています。

液体の流れ方は、ポンプを使った一方向の流れが大半(44本)で、台を揺らす重力による双方向の流れはごく少数(2本)でした。著者らによれば、どちらの方式でも腸の絨毛に似た立体構造の形成、細胞間を密に結ぶタンパク質(タイトジャンクション)の発現増加、粘液の産生といった同程度の分化が得られています。双方向の流れでは微生物やその代謝物、細胞の残骸などが繰り返し細胞に触れる可能性がありますが、その影響は体系的に検証されておらず、流れ方の違いを直接比べた研究もないため、どちらが特定の用途に適しているかは判断が難しいとされています。

ぜん動運動を模した伸び縮みを取り入れた研究は19本にとどまり、条件のばらつきも大きく、周期的なひずみは5〜15%、振動の頻度は0.15〜0.20Hzが多く用いられていました。この伸び縮みは絨毛状の構造ができるために必須ではないものの、微生物を入れた場合には付着や増殖に関わる可能性があるとされます。原著が紹介する例では、ある感染と増殖は伸縮によって促進され、付着性には影響しなかった一方、大腸菌の定着は機械的な変形によって減少しました。著者らは、これらは異なる仕組みが関わることを示すもので、複雑な微生物集団での伸縮の役割を解明するにはさらに研究が必要だと述べています。

酸素の環境は大きな課題として挙げられています。生理的な酸素の勾配を再現する標準的な方法はほとんどなく、腸チップの多く(30本)は低酸素状態をつくる仕組みをもたないことが、モデルとしての限界だと指摘されています。これに対し18本では、あらかじめ酸素を抜いた培養液を上皮側の流路だけに流すという方法で勾配をつくっており、この手法で酸素を必要としない(嫌気性の)微生物との共培養を支えられた例が報告されています。

使用する細胞については、増殖が速く培養が容易な腸上皮の細胞株(Caco-2やHT-29など)が初期から使われてきました。原著は、Caco-2細胞が極性をもつ円柱状の上皮に分化し、吸収、粘液分泌、内分泌、パネート細胞の目印をもつ細胞を含むようになることが複数の研究室から報告されており、がん由来という出自にもかかわらずモデルとしての意義があると述べています。粘液をつくる細胞の割合を増やすためにHT-29系の細胞株を加えることもあります。より生体に近いモデルとして、提供された生検組織由来の一次細胞や、幹細胞から育てたオルガノイドを使う方法もありますが、前者は倫理委員会の承認と臨床試料の継続的な供給が必要で、後者も提供者ごとの違いによって結果のばらつきが大きくなり、標準化や再現性の面で課題があるとされています。著者らは、どの細胞源にも長所と短所があり、研究の目的に応じて生理的な近さと再現性のどちらを重視するか判断すべきだと整理しています。さらに、血管の内側を覆う内皮細胞と組み合わせた共培養や、免疫細胞を組み込んだモデルもあり、免疫細胞は血管側の流路に流して血流からの浸潤を模す方法と、上皮や内皮と一緒に敷いて腸に常在するマクロファージを模す方法が提案されています。一方、獲得免疫に関わる研究は微生物を扱う腸チップではほとんど行われていないと報告されています。

腸チップで何が調べられてきたか

組み入れられた48本のうち、宿主と微生物集団の相互作用を扱う研究が36本と最も多く、病原体の作用機序に関する研究が13本(うち1本は両方に該当)でした。便由来の微生物群を実験に取り入れた研究は7本にとどまり、ポストバイオティクス(微生物の菌体成分や代謝産物などを利用するもの)を介入条件に含めた研究は1本だけだったと報告されています。

プロバイオティクスを扱った研究では、腸上皮細胞とプロバイオティクス菌株を一緒に培養することでバリア機能が高まったという初期の報告があり、その後も複数の菌株について、炎症を引き起こす刺激に対して絨毛状の構造を保ち、タイトジャンクションのタンパク質を調節し、サイトカインや上皮の密着性を一定に保つ働きが報告されています。傷んだ上皮層と特定の菌株を共培養するとバリア機能がかなり回復した例、またある菌株がTNF-αやLPSによるバリアの破壊を予防し、かつ回復させた例も紹介されています。複数の菌種を組み合わせた市販の製剤については、経上皮電気抵抗(TEER、上皮の密着性の指標)の上昇によってバリアの健全性が改善したと示されています。

栄養に関わる介入のモデルとしては、プレバイオティクス(有用な微生物の栄養となる成分)を含む培養液とプロバイオティクスを組み合わせた研究が挙げられており、どちらか一方だけの場合と比べて、心臓に関わる経路や薬剤耐性に関連する遺伝子の発現が下がり、がんと関係する代謝物である乳酸の量が減ったと報告されています。また、消化管を動的に模す別のシステムから出てきた培養液を腸チップにつなぎ、特定の機能性成分が微生物集団と宿主の上皮の両方に与える影響を調べた研究もあります。この研究では、ある酵母製品の発酵によって微生物の構成が変わり、その培養液が24〜48時間にわたって細胞からのIL-8の分泌を減らしたことが、その発酵産物の抗炎症的な性質を裏づけるものとして示されています。

健康な消化管では常在する微生物が病原体の定着を妨げる役割を担うため、この働きを腸チップで調べた研究も複数ありました。これらの実験では、特定の常在菌やプロバイオティクス菌株が、大腸菌や毒素を産生するバクテロイデス・フラジリスによって引き起こされた上皮の損傷を和らげ、炎症反応を抑えたと報告されています。

遺伝子を改変した治療用の微生物を評価した研究も紹介されています。ある研究では、生理的な濃度のコルチゾールを感知してトリプトファンをトリプタミンに変える酵素の遺伝子回路を働かせるよう設計された大腸菌の改変株が調べられ、腸チップによって上皮と血管の境界を越えるこれらの物質の代謝と透過性を評価できたとされています。同じ研究グループの先行研究では、フェニルケトン尿症(フェニルアラニンを分解する酵素の働きが損なわれる代謝の病気)の管理を目的とした生きた治療用微生物について、臨床試験で観察された体内での働きを腸チップが再現できたことが示されました。著者らは、これらの結果が腸チップを改変微生物の臨床前の有効性評価の場として使えることを支持すると述べています。

酸素に弱い嫌気性の細菌は、酸素を必要とする腸の上皮細胞と一緒に培養するのが歴史的に難しかった対象です。複数の研究グループが、粘液を産生する生きたヒト腸上皮と嫌気性微生物が直接触れあう状態を腸チップで保てるかを調べ、バクテロイデス・カッカエ、ビフィドバクテリウム・アドレスセンティス、ユーバクテリウム・ハリーといった特定の嫌気性菌を上皮細胞と直接接触させて培養することに成功しました。さらに別の研究では、上皮側の流路の酸素濃度を0.3%未満に保ち、便由来の好気性・嫌気性の常在菌を含むより複雑な微生物集団を上皮細胞と直接接触させて維持できたと報告されています。ただし著者らは、こうした培養で維持された集団が元の提供者の微生物集団をどこまで代表しているかは重要な検討点であり、酸素の勾配や栄養の利用しやすさ、流れ、宿主由来の因子が特定の菌を増やしたり減らしたりして、多様性や構成を変え、結果の解釈に影響しうると注意を促しています。より最近の研究では、17種の厳密な嫌気性菌からなるプロバイオティクスの混合物を、上皮細胞と提供者由来の末梢血単核細胞(PBMC)を組み込んだ腸チップで培養し、代謝的に活発な微生物集団を保ちながら宿主細胞の生存を維持し、免疫細胞が微生物を感知していることを示すサイトカインの増加を検出できたと報告されています。

この整理が示すこと

著者らの整理から浮かび上がるのは、腸チップが従来の培養やオルガノイドでは難しかった課題──長期間の共培養、嫌気性微生物との直接の接触、便由来の複雑な微生物集団の維持、免疫細胞を含む多層的な環境の再現──に取り組める段階に入ってきたという状況です。同時にこのレビューは、分野が抱える不均一さも具体的な数字で示しました。材質や流路の数、流れの向き、伸び縮みの条件、酸素環境の扱いは研究ごとに大きく異なり、低酸素環境をつくる仕組みをもたない装置が多数を占め、伸び縮みを取り入れた研究は一部にとどまります。便由来の微生物群を使った研究は7本、ポストバイオティクスを扱った研究は1本と、取り組みが手薄な領域もはっきりしました。

こうした共通点と相違点、そして報告の不足が集まる箇所を体系的に洗い出したことが、この研究の貢献といえます。著者らが述べるように、腸チップを用いた微生物研究の現状を一望できる地図があることは、どの実験条件が十分に検証されていないのか、どこで方法をそろえる余地があるのかを見定めるための足がかりになります。

著者:Redondo J(Archer Daniels Midland, Microbiome Research Center, Biopolis S.L. Parc Cientific Universitat de València, C/Catedrático Agustín Escardino Benlloch, 9, 46980 Paterna, Spain.)、Garcia-Lainez G(Archer Daniels Midland, Microbiome Research Center, Biopolis S.L. Parc Cientific Universitat de València, C/Catedrático Agustín Escardino Benlloch, 9, 46980 Paterna, Spain.)、Martínez-Ríos V(Archer Daniels Midland, Microbiome Research Center, Biopolis S.L. Parc Cientific Universitat de València, C/Catedrático Agustín Escardino Benlloch, 9, 46980 Paterna, Spain.)、Chenoll E(Archer Daniels Midland, Microbiome Research Center, Biopolis S.L. Parc Cientific Universitat de València, C/Catedrático Agustín Escardino Benlloch, 9, 46980 Paterna, Spain.)、Martorell P(Archer Daniels Midland, Microbiome Research Center, Biopolis S.L. Parc Cientific Universitat de València, C/Catedrático Agustín Escardino Benlloch, 9, 46980 Paterna, Spain.)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Redondo J, Garcia-Lainez G, Martínez-Ríos V, et al. Gut-on-Chip Models for Host-Microbiome Studies: A Systematic Review. Microorganisms 2026-09-15. DOI: 10.3390/microorganisms14092059. 原著ライセンス:CC BY.