この研究は、フィリピン、ドイツの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Agricultural Water Management
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何のための研究か
水田でのイネ栽培は、人間活動に由来するメタン(CH₄)のおよそ1割を占めるとされ、温室効果ガス(GHG)の排出削減を考えるうえで重要な対象です。研究チームは、こうした排出量を場所や管理方法の違いも含めて詳しく見積もるには、土壌や作物のしくみを式で表す「プロセスベースモデル」が必要だと述べています。
著者らが基盤としたORYZAは、イネの生育・水・窒素の動きを計算する広く使われてきたモデルです。ただし従来版では、土壌の炭素と窒素が形を変えていく過程や、そこから出る温室効果ガスを明示的には扱っていませんでした。そこで本研究は、土壌有機炭素(SOC、土の中に有機物として蓄えられた炭素)の動きとGHG排出を計算する新しいモジュールをORYZAに組み込み、その性質を調べることを目的としています。
どのようにモデルを拡張し、何を調べたか
新しく加えられたモジュールは、土壌有機物の分解と二酸化炭素(CO₂)の発生、尿素の加水分解・無機化と有機化・硝化・脱窒・アンモニア揮散といった窒素の変換、そしてメタンの生成・酸化・排出(気泡として抜ける経路と、イネの通気組織を通る経路)を扱います。これらは既存のORYZAが持つ生育、生育段階、土壌水分、地温の計算と日々やり取りしながら動き、収量とSOCの変化、GHG排出を同時に計算できます。著者らはこの版をORYZA 3.5と呼んでいます。
モデルの振る舞いを調べるため、フィリピンの国際稲研究所(IRRI)の試験場で2023年から2024年に行われた灌漑水田の試験から、土壌・気象・栽培管理の情報を用いました。作物と土壌のパラメータをそれぞれ基準値の±25%の範囲で振った多数の組み合わせを作って計算を繰り返し、出力のばらつきに各パラメータがどれだけ寄与するかを分散に基づくSobol'法(適応サンプリング)で評価しています。あわせて、計算結果を近似する機械学習モデルを訓練し、SHAPという手法で各パラメータの効果の向き・大きさ・非線形性や相互作用を読み解きました。
報告された主な結果
収量とバイオマスに対しては、土壌の水分に関する性質(保水性を表すパラメータ)の影響がもっとも強く出ました。作物側のパラメータが収量の変動を説明する割合は最大で26.8%だったのに対し、土壌側は最大61.5%に達したと報告されています。とくに地表から15cmまでの層の、圃場容水量・しおれ点・飽和時の水分量にあたるパラメータが上位を占めました。
季節を通じたメタン排出については、土壌のメタン生成ポテンシャル、表層0〜5cmの仮比重(土の詰まり具合)、腐植の最大分解速度が、それぞれ排出量の変動の29.6%、19.6%、14.8%を説明しました。作物側では、中干し後から登熟前にかけての地上部と根への同化産物の配分にかかわるパラメータが11〜54%を説明しています。一方、作付け終了時のSOCについては、はじめに設定したSOCと土壌有機窒素の深さ方向の分布と、作物の炭素配分が支配的でした。深い層の初期SOCだけで変動の20〜54%を説明したと報告されています。
SHAPによる解析からは、パラメータの効き方が単純な直線ではなく、互いに影響し合う場面が少なくないことが示されました。また、収量とメタン排出の関係を見た分析では、試したパラメータの組み合わせの22〜38%で、収量がより高く、かつメタン排出がより少ないという結果が得られたと述べられています。
この研究が示すこと
著者らは、イネの生理や栽培管理への反応を細かく扱えるORYZAの枠組みに、土壌の炭素・窒素の循環とガス排出を直接つないだ点に新しさがあるとしています。既存の生物地球化学モデルを置き換えるのではなく、収量・土壌炭素・窒素の動き・気候への影響を一つのイネ専用の計算基盤の上で同時に評価できるようにしたということです。
感度解析の結果は、モデルを使う人がどのパラメータを丁寧に測ったり調整したりすべきかを示す手がかりにもなります。水分に関する土壌の性質、仮比重、初期のSOCといった、水管理や耕うん、残渣のすき込みと結びつく項目が上位に並んだことは、モデルの結果が現場の管理と地続きであることをうかがわせます。著者らは、ORYZA v3.5が、より詳細な排出量推計(Tier 3)や炭素の勘定、気候に配慮したイネの栽培管理の検討を進めるための土台になるとまとめています。
著者:LI Tao(International Rice Research Institute, Los Baños, Laguna, Philippines)、Emmali A. Manalo(International Rice Research Institute, Los Baños, Laguna, Philippines)、Hannah W. Jose(International Rice Research Institute, Los Baños, Laguna, Philippines)、Olivyn Angeles(International Rice Research Institute, Los Baños, Laguna, Philippines)、Ando M. Radanielson(International Rice Research Institute, Los Baños, Laguna, Philippines)、Ligia Bacchereti Azevedo(BASF SE, Speyerer Straβe 2, Limburgerhof, 67117, Germany)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):LI Tao, Emmali A. Manalo, Hannah W. Jose, et al. ORYZA model development for soil organic carbon dynamics and greenhouse gas emissions: Module description and sensitivity analysis. Agricultural Water Management 2026-08-27. DOI: 10.1016/j.agwat.2026.110717. 原著ライセンス:CC BY.