この研究は、イタリアの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Comprehensive Reviews in Food Science and Food Safety
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
なぜ天然色素の安定化が課題なのか
食品の着色料として、合成色素ではなく植物などに由来する天然色素を求める声が高まっています。著者らは、消費者が原材料表示の分かりやすさや自然由来であることを重視するようになった背景に加え、天然色素の多くが色をつける働きだけでなく生理活性をもつ点にも関心が集まっていると整理しています。
ところが論文によれば、天然色素は光・酸素・温度・pHの変化といった環境要因にきわめて敏感で、加工や保存の途中で色があせたり分解したりしやすいため、食品への利用は現状では限られています。そこで研究の焦点となってきたのが、色素の性質や安定性を高める技術です。
この総説が取り上げるのが「カプセル化」、なかでもシクロデキストリン(CD)を使う方法です。CDはデンプンを酵素で処理してつくられる環状のオリゴ糖で、著者らは、これが敏感な分子を包み込む「包接複合体」をつくり、色素を守りつつ水への溶けやすさや機能性を高められる点に注目しています。本稿は、この分野の研究状況を整理し、色素の種類ごとになぜCDが効きやすい/効きにくいのかを説明する枠組みを示すことを目的としています。
シクロデキストリンとは何か、どう働くか
論文で紹介されている代表的なCDは、ブドウ糖の単位が6個・7個・8個つながったα型・β型・γ型の三種類です。いずれも断面が円錐台(バケツのような形)で、内部に空洞をもちます。単位の数が増えるほど空洞の直径が大きくなり、どのくらいの大きさの分子を受け入れられるかが変わります。
水への溶けやすさも型によって大きく異なります。著者らが引用した値では、25℃における溶解度はα型が100 mLあたり12.8 g、β型が1.8 g、γ型が25.6 gで、β型がとくに低くなっています。これは、β型では分子内で水酸基どうしが水素結合して帯のようにつながり、周囲の水と結合しにくくなるためだと説明されています。それでも食品分野で最も広く研究・利用されているのはβ型で、空洞の大きさが中間で、製造が比較的容易かつ低コストである点が理由として挙げられています。α型は空洞が小さく低分子量の化合物などに用途が限られ、γ型は空洞が大きい一方で高価で大量生産が難しいとされます。
包接複合体ができる仕組みは、CDの空洞が油になじみやすい性質をもつことに基づきます。そこに大きさと性質の合う分子(ゲスト)が入り込むと、水の環境から遮られて守られ、一方でCDの外側は水酸基が多く親水的なので、複合体全体としては水に溶けやすくなります。この分子レベルの「包み込み」により、酸素・可視光や紫外線・熱による分解に対する安定性が上がる、揮発しにくくなる、不快なにおいや味を覆い隠せる、放出を制御できる、といった利点が得られると報告されています。著者らはまた、CDの性質を変える化学的・酵素的な修飾についても整理しており、たとえばヒドロキシプロピル-β-CDのような誘導体では水への溶解度が大きく向上することが知られています。
カプセル化の方法と、その向き不向き
総説は、色素とCDの複合体をつくる主な方法を比較しています。噴霧乾燥(スプレードライ)は、液体を熱風中に霧状に噴き出して一気に粉末にする方法で、コストが低く処理が速く、工業的にも確立しているため広く使われています。ただし著者らは、熱に弱い色素では温度管理を誤ると分解が進むこと、粉末が乾燥室の壁に付着するため収率が20〜70%程度にとどまりやすいことを限界として挙げています。
対照的に凍結乾燥(フリーズドライ)は、凍らせてから氷を昇華させて水分を除く方法で、熱に弱い成分をよく保持でき高品質の粉末が得られる一方、運転コストが高く時間がかかると説明されています。両者を組み合わせた噴霧凍結乾燥のほか、電荷の異なる高分子の相分離を利用するコアセルベーション、有機溶媒と水溶液を混ぜて析出させる共沈法、CDと水を練ってペースト状にする混練法、溶媒を使わない超臨界二酸化炭素処理や粉砕法、マイクロ波照射など、さまざまな手法が整理されています。
重要なのは、CDによる保護が万能ではないと著者らが明確に述べている点です。CDは色素の周囲を連続的な殻で覆うのではなく、分子の一部を空洞に収める「ホスト–ゲスト複合体」をつくるにすぎないため、保護効果は本質的に部分的です。引用された総説では、CDは一般にカロテノイドやアントシアニンの熱・光に対する安定性を高めるものの、もともと熱に非常に弱い色素では、乾燥温度がその安定性の限界を超えると包接されていても大きく分解してしまうと報告されています。また、CDを加えても粉末が乾燥室に付着する傾向は変わらず、工程の収率自体は大きく改善しないことも指摘されています。
複合体の組み合わせ方(化学量論比)も色素によって異なります。論文では、CDとゲスト分子が1対1で結びつく例としてクロロフィル、2対1や1対2の比で報告されている例としてクルクミンが紹介されています。調製法による違いの具体例として、β-CDとクルクミンの複合体では単純な混合で95%、共沈法で72%のカプセル化効率が報告された一方、担持量や色の強さには両者で有意差がなかったことが挙げられています。
この整理が示す意味
著者らが強調するのは、カプセル化を一つの技術としてひとまとめに語るのではなく、色素の化学的性質・食品の構成・工業上の制約に照らして手法を選ぶ必要がある、という視点です。この総説は、色素の構造と機能の関係、主な分解の経路、周囲の素材の影響を組み合わせることで、アントシアニンやキサントフィルのようにCDによるカプセル化が効きやすい色素と、クロロフィルやカロテンのように効果が限られる色素があることを説明しようとしています。
なお、CDの取り扱いをめぐる制度は国・地域によって異なることも紹介されています。欧州ではβ-CDが食品添加物として認められ、一日摂取許容量が体重1 kgあたり1日5 mgと設定されている一方、米国では三種類すべてが安全とみなされる区分に置かれています。著者らは、こうした規制の不統一が製品の標準化や国際展開の障壁となりうるとして、制度の整合が望ましいと述べています。
個別の事例の寄せ集めではなく、なぜ効く/効かないのかを予測的に読み解く枠組みを提示したこと——それが、この総説が天然色素の利用を考える人たちに差し出している視座だと言えます。
著者:Chiara Pippolini(Department of Agriculture and Forestry Science (DAFNE) Tuscia University Viterbo Italy)、Ilaria Benucci(Department of Agriculture and Forestry Science (DAFNE) Tuscia University Viterbo Italy)、Claudio Lombardelli(Department of Agriculture and Forestry Science (DAFNE) Tuscia University Viterbo Italy)、Marco Esti(Department of Agriculture and Forestry Science (DAFNE) Tuscia University Viterbo Italy)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Chiara Pippolini, Ilaria Benucci, Claudio Lombardelli, et al. Natural Pigments and Cyclodextrins: Overview on a Synergistic Approach to Encapsulation. Comprehensive Reviews in Food Science and Food Safety 2026-08-27. DOI: 10.1111/1541-4337.70620. 原著ライセンス:CC BY.