著者の所属・活動拠点の国は、インドです。
掲載誌:Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research)
ライセンス: CC BY 4.0 対象: 公開論文 確認元: DataCite
研究の目的:食の変化を「社会の変化」として捉える
インド北部のハリヤーナー州は農業が中心の州で、乳製品、バジュラ(トウジンビエ)などの伝統的な穀物、小麦を使った料理、家族そろっての食事が食文化の特徴とされてきました。著者らによると、この30年ほどでインド社会は経済的・社会的に大きく変化し、ハリヤーナー州でも加工食品、ファストフード店、スマートフォンで注文する宅配サービス、一人ひとりが別々に食べるスタイルが広がっています。
この論文は、こうした食の変化を栄養や個人の行動の問題としてだけではなく、文化的アイデンティティ、社会階層、男女の役割、家族のかたち、伝統の継承といった社会全体の変化の一部として理解することを目的としています。アンケートなどで新たにデータを集めた実証研究ではなく、既存の研究や理論を組み合わせて説明の枠組みを示す「概念的研究」です。
方法:複数の理論を組み合わせた枠組み
著者らは、社会の近代化に注目する近代化理論、経済発展や都市化にともなって食生活が移り変わるとする栄養転換理論、グローバル化の理論、商品が実用性だけでなく「意味」や「イメージ」のために消費されるとする消費文化理論、そして社会学者ピエール・ブルデューの「文化資本」(教育や育ちによって身につく趣味・教養が、社会的な地位の差を表すという考え方)などを用いました。
これらを統合し、変化を段階的にたどるモデルを提案しています。まず社会全体のレベルでは、グローバル化、都市化、経済成長、デジタル技術、教育の拡大、メディアの影響があります。次に家庭のレベルでは、核家族化、女性の就労、時間の不足、使えるお金の増加などが起こります。さらに個人のレベルでは、文化資本、健康意識、ライフスタイルへのあこがれ、仲間の影響などが働きます。その結果として食習慣が変わり、文化的アイデンティティや家族の食事のあり方、健康や持続可能性、伝統的な食の知恵の継承などに社会的な影響が及ぶ、という道筋です。
主な論点:伝統は「置き換わる」のではなく「混ざり合う」
論文がとくに強調するのは、伝統的な食が近代的な食に単純に取って代わられているのではなく、両者が共存し混ざり合っているという点です。著者らは例として、パニール(インドのチーズ)のピザやミレット(雑穀)のバーガーといったフュージョン料理、インド向けに菜食メニューを用意する多国籍チェーンを挙げています。また、朝食には伝統的なパラーター(具入りの平焼きパン)とヨーグルトを食べ、週末にはピザやバーガーを注文するといった家庭の姿も紹介しています。
家族の面では、大家族から核家族への移行や、仕事・学校の時間の違いによって、家族全員で食べる機会が減り、食事が個別化していると論じます。著者らは、家族の食卓が価値観や料理の知恵を世代間で受け渡す場でもあったため、その減少が世代間のつながりに影響しうると指摘しています。女性の進学や就労の広がりは男女平等の前進であると同時に、調理時間を短くする食品や外食・宅配への需要を高めていると述べ、これは女性が伝統を軽んじているという意味ではなく、仕事と家庭の両立を迫られる構造の変化の表れだとしています。
若い世代については、SNSや宅配アプリを通じて海外の料理に触れ、食の好みが「現代的で国際的な自分」を示す手段になっていると、ブルデューの文化資本の考え方を用いて説明しています。一方で、雑穀を使った食事や伝統的な料理への関心も見られ、2023年の国際ミレット年に関連する取り組みがバジュラなどの見直しにつながっているとも述べています。
健康面では、加工食品の増加と運動量の低下が組み合わさることで、肥満や2型糖尿病などのリスクを高める可能性があるとしつつ、栄養不足も依然として残る「栄養不良の二重負荷」の状況にあると整理しています。こうした考察をもとに、著者らは伝統的な食の知恵と科学的な栄養知識を組み合わせた、文化に配慮した栄養政策や教育、地域での取り組みの必要性を提言しています。
この研究が示すこと
この論文は、食の変化を栄養の問題だけでなく、家族、ジェンダー、メディア、経済、アイデンティティが絡み合う社会的な現象として捉える見方を示しました。伝統と近代を対立するものとしてではなく、人々が状況に応じて折り合いをつけながら新しい食文化をつくっている過程として理解する視点が、この研究の中心にあります。著者ら自身は、この枠組みを今後の実証的な調査の土台として位置づけています。
原著論文の著者・所属:Sweety(Department of Sociology, Baba Mastnath University, Rohtak (Haryana))、Dr. Atul kumar(Department of Sociology, Baba Mastnath University, Rohtak (Haryana))
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Sweety, Dr. Atul kumar. Changing Food Practices in Contemporary Haryana: A Sociological Study of Tradition, Modernity, and Cultural Identity. Zenodo (CERN European Organization for Nuclear Research) 2026-10-30. DOI: 10.5281/zenodo.23792195. 原著ライセンス:CC BY.