著者の所属・活動拠点の国は、トルコです。
掲載誌:Foods
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的:揮発しやすい精油をとどめ、放出を調整する
穀物やナッツ、香辛料などの農産物や保存食品は、暖かく湿った環境でカビにより傷みやすくなります。中でもアスペルギルス・フラバス(Aspergillus flavus)は、アフラトキシンと呼ばれるカビ毒を作る種として知られています。論文によると、その代表であるアフラトキシンB1は、国際がん研究機関(IARC)がグループ1の発がん物質に分類しています。
合成保存料に代わる手段として、植物の精油が注目されています。精油は揮発するため、食品に直接触れなくても空気中を通じてカビの増殖を抑えられる可能性があります。著者らが着目したローズマリー精油については、A. flavusの増殖やアフラトキシンの生成を抑える作用が過去に報告されています。一方で、精油は揮発しやすく環境の影響も受けやすいため、有効成分がすぐに失われ、効果が長続きしにくいという課題があります。
そこで研究チームは、精油を細い繊維に閉じ込め、その表面を温度に応じて性質が変わる高分子で覆うことで、香り成分が周囲の空気へ移る量や速さを調整できるかを調べました。使った高分子はポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)です。PNIPAMは約32℃を境に性質が可逆的に切り替わり、それより低い温度では水を含んで水になじみやすく、高い温度では水を手放して縮みます。著者らによれば、この温度はA. flavusの生育に関係する温度域にも近いとされます。また、こうした材料から精油成分が空気中へ移る様子を温度別に定量した研究や、カビに直接触れない条件で効果を調べた研究は、これまで限られていたといいます。
何をどう調べたか
研究チームはまず、乾燥したローズマリーの葉から水蒸気を使って精油を取り出し、成分を分析しました。主成分は1,8-シネオール(ピーク面積の約47%)と樟脳(約21%)でした。
次に、生分解性のプラスチックであるポリカプロラクトン(PCL)にこの精油を混ぜ、電界紡糸法で極細の繊維を作りました。電界紡糸法は、高い電圧で溶液を細く引き伸ばし、ナノメートル単位の太さの繊維を作る方法です。できた繊維をPNIPAMのゲルを作る液に浸すという比較的簡単な方法で、表面を覆いました。繊維の平均直径は、精油を含まない繊維で約950ナノメートル、精油入りで約510ナノメートルでした。コーティング後は浸す時間に応じて650〜830ナノメートルに太くなりました。
評価は、PNIPAMの切り替わり温度をはさむ25℃と40℃で行いました。調べた項目は、表面のぬれやすさ、水蒸気の通しやすさ、容器内の空気中(ヘッドスペース)にたまる香り成分の量です。さらに、密閉したシャーレのふたの内側に繊維を置き、培地上のカビには触れさせない条件で、カビの広がり方とアフラトキシンの蓄積量を調べました。
主な結果
コーティングした精油入り繊維は、温度によってぬれ方がはっきり変わりました。水滴が表面となす角度(接触角)は、25℃では約62度から10秒以内に約5度まで下がり、水がすぐに染み込みました。これに対し40℃では、10秒後も約30度にとどまりました。水蒸気の通過量を40℃と25℃で比べた比は、コーティングによって1.65から2.31に上がり、温度への依存が強まりました。ただし、繊維の厚みを考慮した透過性で見ると、切り替わり温度を境にはっきり切り替わる挙動は見られなかったと著者らは報告しています。
香り成分の放出については、コーティングが成分を繊維にとどめる方向に大きく働きました。48時間後に空気中にたまった指標成分の総量は、コーティングしない場合と比べて、25℃で約7.2分の1、40℃で約4.9分の1でした。25℃から40℃に上げたときの増え方は、コーティングした繊維のほうが相対的に大きくなりました。著者らはこの結果を、温度の境目で一気に放出が始まる仕組みではなく、主に成分を保持しつつ温度に応じて放出を調整する働きだと解釈しています。
カビへの効果では、精油入りの繊維が空気を介してA. flavusの増殖を抑えました。抑制は25℃では一時的で、40℃ではより長く続きました。ただし、この温度による違いはコーティングの有無にかかわらず見られたため、PNIPAMの性質の切り替わりによるものとは言えないとされています。40℃では、コーティングした繊維のほうがコーティングしない精油入り繊維より効果が弱く、これは空気中へ移る成分が少なかったことと一致していました。
アフラトキシンについては、検出されたのはB1のみでした。25℃では、どの繊維も最終的なB1の蓄積量を有意には減らしませんでした。40℃では、何も処理しない対照を含むすべての試料でB1が検出されなかったため、この温度での毒素抑制効果は評価できませんでした。
この研究が示すこと
この研究は、精油を含む極細繊維の表面を温度応答性のゲルで覆うと、揮発しやすい香り成分を繊維内に多くとどめ、空気中へ移る量の温度依存性を変えられることを示しました。著者らによれば、その働きは切り替わり温度で一気に放出が始まるものではなく、成分の保持を主としながら温度に応じて移行を調整するものです。40℃の比較では、コーティングした繊維の抗カビ効果はコーティングしない精油入り繊維より弱く、空気中へ移る成分が少なかったことと一致していました。カビ毒については、25℃では蓄積を減らす効果は見られず、40℃では対照でも検出されなかったため、効果は評価できていません。
原著論文の著者・所属:Elif Yener(Department of Food Engineering, Faculty of Chemical and Metallurgical Engineering, Yildiz Technical University, Istanbul 34210, Türkiye)、Canan Yagmur Karakas(Department of Food Engineering, Faculty of Chemical and Metallurgical Engineering, Yildiz Technical University, Istanbul 34210, Türkiye)、Fatih Bozkurt(Department of Food Engineering, Faculty of Chemical and Metallurgical Engineering, Yildiz Technical University, Istanbul 34210, Türkiye)、Mehmet Murat Ozmen(Department of Bioengineering, Faculty of Chemical and Metallurgical Engineering, Yildiz Technical University, Istanbul 34210, Türkiye)、Hayrettin Ozer(TUBITAK Marmara Research Center (MAM), Kocaeli 41470, Türkiye)、Ayse Karadag(Department of Food Engineering, Faculty of Chemical and Metallurgical Engineering, Yildiz Technical University, Istanbul 34210, Türkiye)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Elif Yener, Canan Yagmur Karakas, Fatih Bozkurt, et al. Thermoresponsive PNIPAM Gel-Coated PCL Nanofibers: Characterization, Vapor-Phase Release of Rosemary Essential Oil, and Activity Against Aspergillus flavus. Foods 2026-10-21. DOI: 10.3390/foods15203757. 原著ライセンス:CC BY.