この研究は、イギリスの研究機関の研究論文です。
掲載誌:International Journal of Cancer
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
紅茶やマテ茶などを非常に高い温度(およそ70℃)で飲む習慣が食道がんのリスクを高めることは、アジア・アフリカ・南米・中東での研究で繰り返し報告されてきました。国際がん研究機関(IARC)は2016年に「非常に熱い飲み物(65℃超)」を「おそらく発がん性がある(グループ2A)」に分類しています。ただし著者らは、この65℃という線引きは評価上の便宜的な区分であって、発がん性の生物学的な境界を示すものではないと述べています。
一方で、欧米で日常的に飲まれている温度帯(推定でおよそ60℃)での影響については、証拠が乏しいままでした。また食道がんには、食道の粘膜表面の扁平上皮から生じる「扁平上皮がん」と、腺組織から生じる「腺がん」という主な2つの種類があり、この2つは成り立ちが大きく異なります。細胞の種類によって熱による傷つきやすさが違う可能性もありますが、種類別に信頼できる形で調べた大規模な追跡研究はほとんどありませんでした。そこで研究チームは、英国の2つの大規模コホート(集団を長期間追いかける研究)のデータを合わせ、好みの飲用温度と熱い飲み物を飲む頻度が、2種類の食道がんのリスクとどう関係するかを検討しました。
調べ方
用いられたのは、英国の「ミリオン・ウィメン・スタディ(MWS)」と「UKバイオバンク(UKB)」の参加者、合わせて977,282人のデータです。MWSは乳がん検診プログラムを通じて集められた女性の集団、UKBは男女を含む集団で、いずれも生活習慣や健康に関する質問に答え、その後は国民保健サービス(NHS)の記録との電子的な照合によって、がんの発生や死亡が追跡されました。
参加者は、熱い飲み物をどのような温度で飲むのが好きかを「とても熱い」「熱い」「ぬるい」などから回答し、さらに紅茶とコーヒーを1日に何杯飲むかを答えています。研究チームはこれを合計して「1日6杯未満」「1日6杯以上」に分けました。解析にはCox回帰という手法が用いられ、比較の指標として相対リスク(本文ではRRと表記)と95%信頼区間が算出されています。2つのコホートそれぞれの結果は、統計的に重みづけして統合されました。また温度と頻度は互いに影響しうるため、片方を調整したうえでもう片方の関連を見る形で、それぞれの独立した関連が推定されています。
追跡期間は平均でMWSが14.2年、UKBが11.1年で、この間に2,348件の食道がん(扁平上皮がん1,045件、腺がん1,303件)が確認されました。なお参加者のうち「とても熱い」温度を好むと答えたのは約15%(MWS 13%、UKB 17%)、1日6杯以上飲むと答えたのは半数近く(MWS 43%、UKB 44%)でした。
主な報告結果
著者らの報告によれば、飲み物の温度は扁平上皮がんのリスクとはっきり関連していました。飲む杯数を調整したうえで、「ぬるい」温度を好む人と比べると、「とても熱い」を好む人のリスクは約3倍(RR 3.17、95%信頼区間 2.49〜4.03)、「熱い」を好む人では1.69倍(1.36〜2.11)でした。温度の区分が上がるほどリスクが上がる傾向がみられています。これに対し腺がんでは、「とても熱い」対「ぬるい」の相対リスクは0.92(0.76〜1.12)で、温度との関連を示す証拠は得られませんでした。
飲む頻度についても、温度を調整したうえで、1日6杯以上は6杯未満に比べて扁平上皮がんのリスクが71%高く(1.71、1.51〜1.94)、腺がんとの関連はわずかでした(1.19、1.06〜1.33)。これらの関連は喫煙や飲酒といった要因を段階的に調整しても大きくは変わらず、追跡開始から最初の5年間を除いた解析でも同様の結果でした。また紅茶に牛乳を加える人と加えない人とで、温度に伴うリスクの大きさに明確な違いは認められていません。
研究チームは、温度と食道扁平上皮がんの関係が因果的であると仮定したうえで、「とても熱い」温度で飲んでいる人が「熱い」程度の温度に変えた場合、英国の扁平上皮がんの14%が避けられると試算しました。英国の全国的な罹患率に当てはめると、年間440件に相当すると報告されています。
この研究が示すこと
著者らは本研究の限界も挙げています。飲用温度は本人の申告にもとづくもので、実際に測った温度のデータはなく、温度の感じ方は人や集団によって異なりうるため、申告された区分が絶対温度としてどの範囲にあたるかは確定できません。また、診断前の症状が飲み方や回答に影響した可能性も残ります。
それでも、扁平上皮がん1,000件超、腺がん約1,300件を含む約98万人規模のこの研究は、熱い飲み物の温度と頻度が扁平上皮がんに限って関連することを示しました。扁平上皮がんは食道の上部3分の2の扁平上皮から生じることが多く、熱い液体の影響を受けやすいと考えられる部位です。著者らは、この種類に関連が限られることが、熱による粘膜の傷害という仕組みを支持するとみています。紅茶やコーヒーが日常的に飲まれる集団において、飲む温度と頻度が食道扁平上皮がんの予防を考えるうえで意味のある着目点であることを、この研究は示しています。
著者:Keren Papier(Cancer Epidemiology Unit, Nuffield Department of Population Health University of Oxford Oxford UK)、Kezia Gaitskell(Cancer Epidemiology Unit, Nuffield Department of Population Health University of Oxford Oxford UK)、Sarah Floud(Cancer Epidemiology Unit, Nuffield Department of Population Health University of Oxford Oxford UK)、Gillian Reeves(Cancer Epidemiology Unit, Nuffield Department of Population Health University of Oxford Oxford UK)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Keren Papier, Kezia Gaitskell, Sarah Floud, et al. Hot Drinks and Oesophageal Cancer: Prospective Analyses in Around 1 Million UK Adults. International Journal of Cancer 2026-09-08. DOI: 10.1002/ijc.70654. 原著ライセンス:CC BY.