この研究は、アメリカの研究機関の研究論文です。

掲載誌:Wine Economics and Policy

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ白酒の「規模」が分かっていないのか

白酒は中国で生産され、そのほとんどが中国国内で消費される蒸留酒です。世界の蒸留酒生産のなかで大きな位置を占めるとされてきましたが、著者らによれば、生産量・消費量・市場構造といった基本的な経済的事実はほとんど解明されていません。中国国外で白酒を口にした経験を持つ人は少なく、宴席で小さなグラスを重ねる酒という印象が先行しがちです。

この論文は、そうした断片的な印象しか共有されていない白酒について、経済の視点から全体像を示すことを目的としています。著者らは、白酒が「世界最大の蒸留酒」だとしばしば言われる主張そのものを検証の対象に据えました。

何を材料にして調べたか

著者らは、広く使われている生産・消費の統計データ(世界保健機関〈WHO〉のアルコール消費データ、中国国家統計局〈NBS〉の蒸留酒生産統計、市場調査会社ユーロモニターの報告)を突き合わせ、さらに数は限られるものの現地で実施された実地調査の結果と比較しました。著者らが強調するのは、これらの実地調査はいずれも公衆衛生上の問題を扱う目的で行われたものであり、経済分析のために設計されたものではない、という点です。

あわせて論文は、白酒に特有の製造工程も紹介しています。白酒の発酵は酵母だけに頼らず、糸状菌や細菌などを含む複雑な微生物群によって進みます。その中心となるのが「麹(チュイ)」と呼ばれる、微生物と小麦や大麦などのデンプン質を混ぜて固めた塊です。発酵は液体ではなく固体の状態で行われ、糖化と発酵が同時に進むことが多く、蒸留も固体のまま蒸気を通す方式です。地域ごとの麹や空気中・土中の微生物の違いが産地ごとの風味の差を生み、ワインのテロワールに似た性格を与えていると著者らは述べています。

主な報告結果──市場は価格帯で大きく分かれる

著者らはユーロモニターの推計をもとに、中国の白酒市場をプレミアム、中価格帯、低価格帯(エコノミー)、そして統計に記録されない白酒に分けて整理しました。それによると、プレミアム白酒は2018年に数量ベースで全体の8.4パーセントにすぎませんでしたが、2024年には16パーセント超へ上昇しています。一方、金額ベースでの比率は2018年の56.7パーセントから2024年には66パーセント超へと高まっており、数量では小さくても市場価値の大半を占めていることになります。逆に低価格帯は、2018年には数量で7割を超えていたものの2024年には5割強まで下がり、金額では近年5パーセント未満にとどまっています。

そのうえで著者らが指摘するのが、統計に記録されない白酒の存在です。農村では、大きなガラス瓶に量り売りの白酒を入れて台所に置き、食事のたびに少量を注ぐ光景が一般的だといいます。ある農村調査では、地域で消費される白酒の半分ほどが瓶詰めではない量り売りの未記録品だとされました。湖北・安徽・河北の3省、10県21村の農村住民3,298人を対象とした調査では、味と価格の両面から未記録の白酒を好む人が多く、そうした人々はより頻繁に飲む傾向が見られたと報告されています。WHOは2018年の報告で、中国の「未記録」アルコール消費を2010年に1人あたり1.7リットル、2016年に1.5リットルと推計し、総アルコール消費のそれぞれ23.9パーセント、20.8パーセントに相当するとしました。

著者らが最も強く問題にするのは、広く引用されてきた時系列データと独立した実地調査の食い違いです。WHOデータでは白酒消費は1995年に15歳以上1人あたり純アルコール3.87リットルでピークに達し、2004年には1.26リットルまで、67パーセント減少したとされます。しかし、1994年に5省6地点で23,513人を対象に行われた調査の推計は3.6リットルで当時のWHO値に近かった一方、同じ研究グループが2001年に実施した追跡調査では男女平均で7.6リットルと、期間中に大幅な増加を示していました。同じ時期に、公式データは大幅減、実地調査は大幅増という正反対の動きになっているわけです。2007年に湖南・河南の農村で9,866人の男性を対象に行われた調査でも、年間8〜9.6リットルに相当する水準が示され、WHOデータを大きく上回っていました。

税制の変更が1995年以降の減少をもたらしたとする先行研究もありますが、著者らは経済的に説明しきれないと論じます。2001年に導入された従量税は500ミリリットル瓶あたり0.5元(当時0.10ドル未満)にすぎず、67パーセントもの減少を引き起こすには小さすぎるという指摘です。同様に、2015年以降の減少について挙げられる飲酒運転取り締まりや反腐敗政策も、車を運転する機会が少なく反腐敗政策の影響も受けにくい農村の消費者には当てはまりにくいと述べています。

結論と、そこから見えてくること

「白酒は世界最大の蒸留酒か」という問いに対し、著者らはおそらくその通りだろうと結論づけつつ、データの不整合のために確実には言えない、としています。中国国家統計局の蒸留酒生産量は2016年に135.8億リットルでピークを迎え、同年の世界のウイスキー生産量(60億リットル強)を大きく上回っていました。しかし同統計は2024年には41.5億リットルまで急減しており、この数値が正確であれば、同年の世界のウイスキー生産量(55億リットル)を下回り、首位ではなくなることになります。

この研究が示すのは、世界の蒸留酒生産の大きな部分を占めるはずの白酒について、基礎的な数字すら確かでないという現実です。同時に、白酒は宴席の乾杯の酒だという通念にも修正を迫ります。著者らの整理によれば、白酒の相当部分は農村で日常の食事とともに飲まれ、その多くは統計に記録されていません。市場を価格帯で分けて見ることで、数量の中心と価値の中心がまったく別の場所にあることも明らかになりました。広く引用される統計を鵜呑みにせず、実地調査と突き合わせて読む必要があるという指摘は、白酒に限らず、記録されない生産や消費を抱える分野全般に通じる視点だといえます。

著者:Bryan Lohmar(California Polytechnic State Univeristy, San Luis Obispo)、Benoît Lecat(California Polytechnic State University, San Luis Obispo)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Bryan Lohmar, Benoît Lecat. Is Chinese Baijiu the World’s Biggest Distilled Spirit? An Overview of the Size and Structure of China’s Sprawling Baijiu Industry. Wine Economics and Policy 2026-09-07. DOI: 10.36253/wep-17796. 原著ライセンス:CC BY.