この研究は、トルコの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Scientific Reports
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
何を目的とした研究か
ムラサキオドリコソウ(学名 Lamium purpureum)は、シソ科オドリコソウ属の植物で、ヨーロッパ、アジア、北アフリカに広く分布し、民間療法で古くから使われてきました。この属の植物にはフェノール類と呼ばれる成分が豊富に含まれることが知られています。フェノール類は植物がつくる化合物のグループで、抗酸化作用などさまざまな生物活性と関連づけられてきました。
ただし著者らによれば、ムラサキオドリコソウについて「どの成分がどれだけ含まれるか」と「どんな生物活性を示すか」を結びつけた研究は、まだ十分ではありませんでした。特に、神経変性疾患や代謝性疾患に関わる複数の酵素への働きを、成分の分析と同時に調べた例は限られていたといいます。
そこで研究チームは、この植物のエタノール抽出物について、含まれるフェノール成分の内訳を調べ、抗酸化能を測り、三つの酵素を阻害する力を評価し、さらに主要成分の一つであるルテオリンが酵素とどう結合しうるかをコンピュータ計算で検討しました。
どのように調べたか
試料は2025年5月、トルコのボル県ギョイヌク地区チュブク湖周辺で採取された地上部です。専門家による種の同定を経て、40度で乾燥・粉砕したのち、70パーセントのエタノール水溶液で24時間抽出されました。
成分の内訳は、LC–MS/MSという分析装置で調べられました。これは成分を種類ごとに分離したうえで質量を手がかりに特定・定量する手法です。抗酸化能は、DPPH法とABTS法(人工的につくった不安定な分子を抽出物がどれだけ消去できるかを見る方法)、およびFRAP法とCUPRAC法(金属イオンを還元する力、つまり電子を渡す能力を見る方法)で測定され、いずれもBHTとトロロックスという既知の抗酸化物質と比べられました。
酵素については三つが対象です。アセチルコリンエステラーゼ(AChE)とブチリルコリンエステラーゼ(BChE)は、神経の情報伝達に関わる物質アセチルコリンを分解する酵素で、アルツハイマー病の薬の標的として知られます。α-グルコシダーゼ(AG)は糖の消化に関わり、食後の血糖上昇を抑える標的とされています。抗酸化能・酵素阻害の測定はいずれも3回繰り返して行われ、既存の阻害薬(コリンエステラーゼにはタクリン、AGにはアカルボース)が比較対象に用いられました。
加えて、分子ドッキングというコンピュータ上の手法で、抽出物に多く含まれていた成分が各酵素の活性部位にどのように、どれだけ強く結合しうるかが計算されました。これは実測ではなく予測であり、結合のしやすさをスコアという数値で表します。
報告された主な結果
分析装置で定量できた成分のうち、多かったのはバニリン酸、ルテオリン、ナリンゲニン、ヒドロキシケイ皮酸でした。分析に供した抽出物溶液中の濃度として、バニリン酸が1リットルあたり13,336.98マイクログラム、ルテオリンが12,398.90マイクログラムと報告されています。総フェノール量は抽出物1ミリグラムあたり44.62マイクログラム(没食子酸換算)、総フラボノイド量は54.45マイクログラム(ケルセチン換算)でした。一方、ケルセチンやミリセチンなど、調べた標準物質のいくつかは検出されませんでした。
抗酸化能は「中程度」という評価でした。濃度0.2ミリグラム/ミリリットルで、DPPHラジカルの消去率は9.35パーセント、ABTSラジカルでは30.88パーセント。還元力も測定されましたが、いずれも比較対象のBHTやトロロックスを下回りました。著者らは、抗酸化の働きはフェノール量の多さだけでなく、含まれる化合物の構造や反応系での振る舞いにも左右されると述べています。
これと対照的に、酵素阻害では強い作用が報告されました。半分の活性を抑える濃度(IC50、低いほど強い)は、AChEで6.13、BChEで6.42、AGで4.05マイクログラム/ミリリットル。既存薬(タクリン3.22と2.62、アカルボース3.19)よりは弱く、その差は統計的にも有意でしたが、三つすべてが10マイクログラム/ミリリットルを下回っており、植物の粗抽出物としては強い阻害活性を示す水準だと著者らは位置づけています。AChEとBChEの値が近いことから、どちらか一方に偏らず両方を同程度に抑えていた点も指摘されています。
コンピュータ計算では、ルテオリンがAChEに対して−10.657、BChEに対して−10.169という最も強い結合スコアを示し、AGに対しては−7.242と中程度でした。抽出物に含まれる他の成分と比べても、ルテオリンの結合プロファイルが最も良好だったと報告されています。
この研究が示すこと
著者らは、ムラサキオドリコソウのエタノール抽出物が、直接的な抗酸化作用というよりも酵素の阻害という側面でより強い活性を示した、とまとめています。そして多く含まれていたルテオリンが、観察された活性に寄与している可能性を挙げる一方で、その具体的な貢献度についてはさらなる実験的な検証が必要だと明記しています。抽出物には多様な成分が含まれており、活性を単一の成分に帰することはできない、という慎重な立場です。
この研究の意義は、一つの植物抽出物について「何がどれだけ含まれるか」と「どの酵素にどう働くか」を同じ試料で並べて示し、その解釈の土台となる化学的な手がかりを提示したところにあります。伝統的に用いられてきた植物を、成分のレベルから捉え直す作業の一例と言えるでしょう。
著者:Emrah Dikici(Central Researching Laboratory, Agri Ibrahim Cecen University, 04100, Agri, Turkey)、Ahmet Gökhan Ağgül(Faculty of Pharmacy, Department of Biochemistry, Agrı Ibrahim Cecen University, 04100, Agri, Turkey)、İhsan Alacabey(Vocational School of Health Services, Department of Medical Services and Techniques, Mardin Artuklu University, 47100, Mardin, Turkey)、Kadir Erol(Vocational School of Health Services, Department of Environmental Protection Technologies, Hitit University, 19030, Corum, Turkey)、Hüseyin Alkan(Faculty of Pharmacy, Department of Basic Pharmaceutical Sciences, Dicle University, 21280, Diyarbakir, Turkey)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Emrah Dikici, Ahmet Gökhan Ağgül, İhsan Alacabey, et al. Phytochemical profiling, antioxidant and enzyme inhibitory activities of Lamium purpureum with molecular insights into luteolin. Scientific Reports 2026-09-08. DOI: 10.1038/s41598-026-70555-w. 原著ライセンス:CC BY.