この研究は、ブラジルの研究機関の研究論文です。
掲載誌:Microchemical Journal
ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex
研究の目的
カカオの豆を包む甘酸っぱい果肉や、近縁種クプアスの果肉は、酵母で発酵させると果実酒のような飲料の原料になります。発酵が進むと糖が減り、アルコールや有機酸などが増えていきます。こうした成分の変化を正確に測るには、液体クロマトグラフィー(HPLC)という分析法が一般的です。ただしHPLCは、試料の前処理や専用の装置、熟練した担当者を必要とし、発酵の様子をすばやく確かめる用途には向きにくいと研究チームは指摘しています。
そこで研究チームが検証したのが「電子舌」です。電子舌は、性質の異なる複数のセンサーを並べ、液体の成分に対する反応の組み合わせから、その試料に特有の「指紋」のような信号パターンを得る装置です。個々の化合物を直接測るのではなく、試料全体の状態の変化をとらえます。今回の試作機はインピーダンス方式で、試料に交流電圧をかけたときの電気の通りにくさの変化を読み取ります。研究の目的は、この電子舌がカカオやクプアス果肉飲料の発酵に伴う成分変化をとらえられるか、さらに特定の成分量をどこまで推定できるかを、HPLCの結果と照らし合わせて調べることでした。
何を調べたか
発酵の原料には、カカオハニー(カカオ果肉から得られる液)とカカオ果肉を混ぜたものと、クプアス果肉を水で薄めたものの2種類を用いました。これらに、カシャッサ(ブラジルの蒸留酒)向けや白ワイン向けのサッカロミセス・セレビシエ、ワイン向けのカンジダ・ステラータといった市販の酵母を組み合わせて発酵させました。発酵48時間と72時間の試料に加え、カカオ系の原料については72時間までの複数の時点でも試料を採取しています。
電子舌のセンサーは、くし状に電極を組み合わせた4つの検出部から成ります。1つは表面を加工しない電極で、残る3つは性質の異なる高分子の薄い膜を重ねて覆い、一部には銀や金のナノ粒子を加えています。表面の性質が異なるため、同じ液体に対しても少しずつ異なる反応を示します。
研究チームは、電子舌の信号とHPLCで測った糖・アルコール・有機酸の量を比べました。比較には、多数の信号を少数の軸にまとめて試料間の違いを図示する主成分分析、2つの値の連動の強さを示す相関係数、センサー全体の信号から成分量を予測する部分最小二乗回帰(PLSR)を用いています。さらに、発酵した試料にクエン酸、エタノール、果糖、グリセロールの濃い溶液を加え、それぞれの濃度を200、400、600マイクロモル毎リットル(1リットルあたりの物質量で表す濃度の単位)だけ高めたときの反応と、自然な発酵による変化への反応とを比較しました。
主な結果
HPLCでは、48時間から72時間にかけてすべての発酵でショ糖が減り、エタノールが増えていました。カシャッサ向け酵母では、ショ糖の減少率がカカオ系原料で78%、クプアス系原料で76%と最も大きくなりました。エタノール濃度は最大で1リットルあたり約86グラムに達し、クプアス系原料で高い値が得られました。
電子舌の信号を主成分分析にかけると、原料、酵母、発酵時間の違いによって試料がはっきり分かれました。研究チームは、この分かれ方には酢酸の量の違いが関わっている可能性があるとしています。また、電子舌は酵母そのものを検出したのではなく、酵母の働きによって生じた成分の違いを反映していると解釈しています。
相関を調べると、加工しない電極の信号はアルコール類(相関係数0.90)や有機酸(0.84)と強く連動していました。一方、金ナノ粒子を含む膜の電極は、果糖、ブドウ糖、クエン酸と連動していました(0.70以上)。電極ごとに得意な反応が異なり、互いに補い合っていることが示されました。
成分を後から加えた試料と自然に発酵した試料とでは、センサー信号と成分量の関係が異なっていました。研究チームは、発酵中の液体では多くの成分や物理的な性質が同時に変化するため、試料全体の組成が信号に影響すると考えています。PLSRによる予測では、果糖、メタノール、ブドウ糖、グリセロールで最も良い結果が得られ、検証時の決定係数(予測の当てはまりの指標)は0.77〜0.78でした。
研究が示すこと
著者らは、この試作の電子舌が、複雑な熱帯果実の発酵液の成分変化を手早くとらえる、HPLCを補う手段になりうると結論づけています。一部の成分については、ふるい分けの目安程度の推定値も得られるとしています。一方で、信頼できる定量や発酵中の連続監視に用いるには、予測モデルのもとになるデータをさらに増やす必要があると述べています。また今回の繰り返し測定は、同じ保存試料を何度も測ったもので、独立した発酵を何度も行ったものではない点も、限界として挙げています。成分を人為的に加えて調べた関係が、自然に発酵した液体でそのまま成り立つとは限らず、試料そのものの複雑さを考慮する必要がある。この研究はそのことを具体的に示しています。
著者:Dhanus Raj Kanaga Raj(Department of Food Engineering, School of Food Engineering, State University of Campinas, Campinas, SP, Brazil)、Ramon Dos Santos Araujo(Postgraduate Program in Biology and Biotechnology of Microorganisms, Santa Cruz State University, Ilhéus, BA, Brazil)、Gabriel Zenatte Frugoli(Department of Food Engineering, School of Food Engineering, State University of Campinas, Campinas, SP, Brazil)、Marcus Bruno Soares Forte(Department of Food Engineering, School of Food Engineering, State University of Campinas, Campinas, SP, Brazil)、Elizama Aguiar‐Oliveira(Postgraduate Program in Biology and Biotechnology of Microorganisms, Santa Cruz State University, Ilhéus, BA, Brazil)、Douglas Fernandes Barbin(Department of Food Engineering, School of Food Engineering, State University of Campinas, Campinas, SP, Brazil)
※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Dhanus Raj Kanaga Raj, Ramon Dos Santos Araujo, Gabriel Zenatte Frugoli, et al. Impedimetric electronic tongue as an analytical tool for assessing fermentation-related chemical changes in cocoa (Theobroma cacao) and cupuaçu (Theobroma grandiflorum) pulp beverages. Microchemical Journal 2026-09-29. DOI: 10.1016/j.microc.2026.119858. 原著ライセンス:CC BY.