著者の所属・活動拠点の国は、中国です。

掲載誌:Frontiers in Pharmacology

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

肝臓に脂肪がたまる代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD、かつてのNAFLDに相当する新しい呼び方)は、世界の成人の3割以上に見られるとされる非常にありふれた病気です。肥満や2型糖尿病の増加とともに今後も患者数は増えると見込まれており、単なる脂肪の蓄積にとどまらず、悪化すると脂肪肝炎(MASH)、さらには肝硬変や肝がんへと進行しうることが知られています。今回、中国・山東中医薬大学附属病院薬剤部のJingjing Liu氏らの研究グループが、腸内細菌と肝臓が互いに影響し合う『腸肝軸』という視点から、これまでの研究をまとめた総説を発表しました。2026年8月にフロンティアーズ・イン・ファーマコロジー誌に掲載予定です。

腸内細菌の乱れは何を引き起こすのか

ヒトの腸内細菌は主にフィルミクテス門(全体の約79.4%)、バクテロイデス門(約16.9%)、アクチノバクテリア門(約2.5%)、プロテオバクテリア門(約1%)で構成されるとされます。MASLD患者では、酪酸などの短鎖脂肪酸(SCFA)を作る菌として知られるRuminococcus、Faecalibacterium prausnitzii、Coprococcusの減少が、単純な脂肪肝の段階からすでに見られ、これは肥満度や インスリン抵抗性とは独立した変化だったと報告されています。一方で、内毒素を産生しうるプロテオバクテリア門や腸内細菌科、Citrobacterなどが増える傾向も繰り返し報告されており、この論文は『特定の菌が増えた・減った』という単純な図式よりも、酪酸産生能力の低下や内毒素産生能力の増加といった“機能”の変化としてとらえる方が実態に近いと整理しています。ただし、SCFAの測定値は便から測るか血漿から測るかで結果が食い違うことがあり、たとえば健常者50人とMASLD患者100人を比べた研究では、血漿中の酢酸は患者で低い一方、プロピオン酸は逆に高く肝線維化と関連していたのに対し、便のサンプルを使った別の研究(NAFLD患者33人)では酪酸の便中濃度が脂肪肝の指標と逆相関する一方、他のSCFAとは関連が見られなかったといい、著者らはサンプルの採取部位や種類の違いが結果のばらつきの一因である可能性を指摘しています。

腸のバリアが壊れ、菌の産物が肝臓に届く

腸の壁を構成する細胞同士のつなぎ目(タイトジャンクション)を作るタンパク質、ZO-1やオクルディンの発現が患者の腸粘膜で低下し、これが血液検査上の肝機能の悪化と関連していたことが紹介されています。マウスでは高脂肪食によって接着分子JAM-Aをコードする遺伝子(F11r)に異常が生じ、腸の炎症とともに脂肪肝炎の発症につながったといいます。腸の壁が壊れて透過性が高まると、細菌やその代謝物が血流に入り込みやすくなり、門脈を通じて肝臓に運ばれて炎症や脂肪蓄積を悪化させると考えられています。特に注目されているのが腸内細菌が作り出す“エタノール”です。ある研究では146人を対象に、門脈中のエタノール濃度が空腹時の末梢血の187倍にも達し、脂肪肝のない人で2.1mM、単純脂肪肝で8.0mM、脂肪肝炎(NASH)患者では21.0mMまで上昇したことが示されました。この上昇には高濃度のアルコールを作り出す肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)などの菌が関わっているとされ、こうした菌を狙い撃ちするバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)をマウスに投与すると、肝機能の異常や炎症性サイトカイン、脂肪合成関連遺伝子の発現が改善したという実験結果も紹介されています。ただし、高アルコール産生型の肺炎桿菌が見られたのは中国のあるコホートでNAFLD患者の最大60%にとどまり、著者らは、この仕組みがすべてのMASLD患者に一様に当てはまるわけではないと注意を促しています。

コリン代謝や胆汁酸など、複数の経路が関与

肝臓で脂肪を運び出すために必要なリン脂質(ホスファチジルコリン)の材料となる栄養素コリンについても、腸内細菌との関わりが取り上げられています。ヒトを対象にした管理食試験では、食事からコリンを断つと男性の77%、閉経後女性の80%で脂肪肝や筋障害が生じたとされ、腸内細菌の一部(CutC・CutD遺伝子を持つ菌など)がコリンをトリメチルアミン(TMA)に変換してしまうことで、宿主が使えるコリンの量を減らしてしまう可能性が示されています。TMAは肝臓でトリメチルアミンN-オキシド(TMAO)に変換され、血中TMAOの上昇はNAFLDの存在や重症度と関連することが報告されている一方、こうしたヒトでの関連研究の多くは横断研究であり、著者らは因果関係を裏付ける強い証拠は主にマウスや培養細胞を使った実験から得られていると整理しています。このほか胆汁酸代謝の乱れや、腸の免疫バリア(制御性T細胞の減少、Th1細胞やCD8陽性T細胞の増加)なども、腸肝軸の機能不全に関わる要素として挙げられています。

治療応用への期待と、まだ確立していないこと

腸内細菌を標的とした治療の可能性として、糞便微生物移植(FMT)や天然由来成分の活用が今後の選択肢として議論されています。しかし、著者らが紹介する既存の介入研究の結果は必ずしも一様ではありません。たとえば抗菌薬リファキシミンは、生検で確認されたNASH患者を対象にした6週間の投与でALT値や肝臓の脂肪量、インスリン感受性の改善を示せなかったとされ、別のレビューでも、プラセボ対照試験ではプラセボに対する優位性が確認できなかったと報告されています。NAFLD患者21人を対象とした他家FMTの試験でも、インスリン抵抗性の指標(HOMA-IR)や画像検査での肝脂肪量には改善が見られず、1年間のシンバイオティクス(乳酸菌などと食物繊維の組み合わせ)投与試験でも便の細菌構成は変化したものの、肝臓の脂肪や線維化の指標には改善が見られなかったといいます。また、抗菌薬の長期使用は薬剤耐性遺伝子の増加につながりうるため、慢性的な代謝疾患であるMASLDに対して抗菌薬を使い続けることの妥当性には限界があると著者らは述べています。

まとめ

この総説は、腸内細菌の構成や機能の変化、腸のバリアの損傷、短鎖脂肪酸・エタノール・コリン代謝物・胆汁酸といった代謝物の異常、さらには免疫やエピジェネティクス(遺伝子の働き方の調節)への影響が絡み合って、MASLDの発症や進行に関わっている可能性を、既存の研究を整理する形でまとめたものです。個々の菌や代謝物の役割については研究間で結果が一致しない部分も多く、著者ら自身、サンプルの採取部位や対象集団の違いがその一因である可能性を指摘しています。腸内細菌をターゲットにした治療がすぐに脂肪肝の改善につながると結論づけられたわけではなく、今後さらなる検証が必要な研究段階にあるテーマといえます。

原著論文の著者・所属:Jingjing Liu(Department of Pharmacy, Affiliated Hospital of Shandong University of Traditional Chinese Medicine)、Mei Zhao(Department of Pharmacy, Affiliated Hospital of Shandong University of Traditional Chinese Medicine)、Shujing Wang(Department of Pharmacy, Affiliated Hospital of Shandong University of Traditional Chinese Medicine)、Zhang Chengyong(Department of Pharmacy, Affiliated Hospital of Shandong University of Traditional Chinese Medicine)、Yingli Zhong(Department of Pharmacy, Affiliated Hospital of Shandong University of Traditional Chinese Medicine)、Yuanjun Qu(Department of Pharmacy, Affiliated Hospital of Shandong University of Traditional Chinese Medicine)

※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。出典(原著論文):Jingjing Liu, Mei Zhao, Shujing Wang, et al. Gut microbiota and the gut–liver axis in MASLD: mechanisms, immune regulation and therapeutic opportunities. フロンティアーズ・イン・ファーマコロジー (2026). DOI: 10.3389/fphar.2026.1917467. 原著ライセンス: cc-by.