この研究は、中国の研究機関の研究論文です。

掲載誌:Foods

ライセンス: CC BY 対象: 公開論文 確認元: OpenAlex

なぜ大豆ミールのカビ汚染を追ったのか

大豆ミールは、大豆から油を搾ったあとに残る副産物で、アミノ酸をバランスよく含む優れた植物性タンパク質源として、食品や飼料に広く使われています。ただし多孔質で水分を抱えやすい性質があるため、湿度の高い場所で保管するとカビが生えやすいという弱点があります。カビが増えるとタンパク質や脂質が分解されて栄養価が落ちるだけでなく、有害なカビ毒がつくられることもあります。論文では、国連食糧農業機関(FAO)の推計として、世界の農作物のおよそ25%がカビ毒に汚染され、穀物供給の2%はカビ毒濃度が高すぎて利用できなくなる、という数字が引用されています。

研究チームが着目したのは、フザリウム・グラミネアルム(Fusarium graminearum)という、穀物や油糧種子の残渣に生えるカビの一種です。感染力が強く代謝も活発で、保管・輸送中の環境変化にも耐えるとされています。著者らによれば、これまでの大豆ミールの腐敗研究は自然に混在する複数のカビを対象にしたものが中心で、この一種類のカビだけを人工的に接種して、腐敗の全過程を追いかけた研究はほとんどありませんでした。そこで本研究は、カビの増殖、タンパク質の形の変化、微細構造の崩れ、そして立ちのぼるにおい成分の変化を、ひとつながりの現象として捉えることを目的としています。

54日間、6日ごとに何を測ったか

研究チームは、殺菌した大豆ミール1000gにこのカビの胞子の懸濁液を混ぜ込み、温度30℃・相対湿度70%という湿った倉庫を模した環境で54日間培養しました。6日ごとに試料を採り、0日目から54日目まで10時点のデータを集めています。

調べた項目は大きく四つです。第一に、培地上で育つカビのコロニーを数えて、カビがどれだけ増えたかを追いました。第二に、走査型電子顕微鏡(SEM、電子線で表面の微細な形を拡大して見る装置)で、大豆ミールの粒子や繊維の骨組みが壊れていく様子を観察しました。第三に、フーリエ変換赤外分光法(FTIR、赤外線の吸収の仕方から分子の構造を調べる手法)で、タンパク質の立体構造の内訳がどう移り変わるかを数値化しました。第四に、ヘッドスペース固相マイクロ抽出とガスクロマトグラフ質量分析を組み合わせた手法(HS-SPME-GC-MS)で、試料から揮発するにおい成分(揮発性有機化合物、VOC)を網羅的に測定しました。得られたVOCデータは、多変量解析の一種であるOPLS-DAなどの統計手法で整理されています。

三つの段階に分かれた劣化

著者らの報告によると、カビの数の変化は明確に三つの段階に分かれました。0日から30日までは「潜伏感染期」で、カビの数はごくわずかにとどまり(30日目で1gあたり37±0.66個)、見た目の品質にも目立った悪化はありませんでした。論文は36日目を、増殖が急加速し、後戻りできない品質劣化が始まる「転換点」と位置づけています。カビの数は42日目に全期間の最大値に達し、その後は栄養の枯渇や代謝産物の蓄積によってやや減少し、横ばいになりました。

タンパク質の立体構造も、この時間軸に沿って変化しました。0日から30日までは安定していたのに対し、36日以降はカビが分泌する分解酵素の働きでタンパク質の骨格が壊れていきます。54日目までに、規則正しい構造であるα-ヘリックスは53.60%から45.61%へ、β-シートは13.24%から10.08%へと減少し、代わりに不規則な構造であるβ-ターンは13.51%から19.32%へ、ランダムコイルは19.65%から24.99%へと増加しました。つまり、整った形を保っていたタンパク質が、次第にほどけて乱れた状態へ移っていったということです。電子顕微鏡で見た姿もこれと符合し、初期には丸く整っていたタンパク質粒子が、36日目には菌糸に覆われて空洞や亀裂が生じ、42日から54日には骨組みが崩れて不規則な破片状になったと報告されています。

においが語る劣化の進み具合

54日間を通じて、13の化学グループにまたがる99種類のVOCが確認されました。なかでもアルデヒド類、アルコール類、フラン類が、カビの増殖にもっとも敏感に反応したとされています。統計解析でも、0〜30日、36日、42〜54日の試料はそれぞれ別のまとまりに分かれ、においの指紋が劣化段階をよく映し出していました。OPLS-DAによって99種類から39種類の差のある成分が絞り込まれ、さらにカビの数との相関を調べることで、5種類の指標候補が選ばれています。

そのうち1-オクテン-3-オール、ノナナール、2-ヘキシルフラン、5-メチルフルフラールの4種類は、腐敗が進むにつれて濃度が上がり続けました。1-オクテン-3-オールはカビ特有の代謝産物で、カビ臭さやきのこ様のにおいのもとです。一方、テトラデカナールだけは逆の動きを示し、54日間を通じて減り続けました。これは新鮮な大豆ミールがもともと持つ穏やかな香りの成分で、カビの酵素によって分解・消費されていったためと説明されています。増える4成分と減る1成分の組み合わせが、汚染の進行を映す一つの「においの指紋」になる、というのが著者らの見方です。

この研究が示したこと

この研究は、カビの数、タンパク質の形、微細構造、においという四つの異なる角度から見た変化が、同じ時間軸の上で足並みをそろえて進むことを示しました。とくに、見た目には何も起きていないように見える30日目までの潜伏期の後に、36日という明確な転換点があるという指摘は、劣化を「いつの間にか進むもの」ではなく段階として捉え直すものです。

ただし著者ら自身が強調しているとおり、これは無菌状態で一種類のカビだけを接種した、条件を単純化した実験室の研究です。実際の倉庫にはさまざまな微生物が共存し、温度や湿度も変動するため、今回得られたにおいの指標がそのまま通用するかどうかは、別途検証が必要だと論文は述べています。そのうえで本研究は、カビによる大豆ミールの劣化がどのような仕組みで進むのかを、複数の層をまたいで整理した基礎データを提供しています。

著者:Miao Yu(Institute of Food and Processing, Liaoning Academy of Agricultural Sciences, Shenyang 110161, China)、Liangchen Zhang(Institute of Food and Processing, Liaoning Academy of Agricultural Sciences, Shenyang 110161, China)、Shuyuan Xing(Food and Processing Research Institute, Shenyang Agricultural University, Shenyang 110866, China)、Mingyu Wu(Institute of Food and Processing, Liaoning Academy of Agricultural Sciences, Shenyang 110161, China)

※本記事は原著論文をもとに、日本語で要約・説明を加えた研究紹介です。 出典(原著論文):Miao Yu, Liangchen Zhang, Shuyuan Xing, et al. Dynamic Deterioration Pattern of Soybean Meal Contaminated by Fusarium graminearum. Foods 2026-08-26. DOI: 10.3390/foods15173009. 原著ライセンス:CC BY.