大腸がんは世界で罹患数が3番目に多く、がん死亡数では2番目に多いとされています。年間190万人が新たに診断され、90万人以上が亡くなっているとの報告があります。日本を含むアジアや東ヨーロッパでは罹患率が高く、5年生存率もアジアでは46.5%とヨーロッパの89%以上に比べて低いとされ、その差は診断時の病期の違いを反映していると考えられています。今回紹介する総説は、大腸がんやその前段階である腺腫(ポリープ)を、より早く・より正確に見つけるための新しい便検査の研究動向をまとめたものです。著者には京都府立医科大学や大阪公立大学など日本の研究機関に所属する研究者も名を連ねています。
従来の便潜血検査には見えにくい部分がある
現在広く使われている便潜血検査(FIT)は、便中のヒトヘモグロビンを検出することでがんや腺腫からの出血を捉える仕組みです。手軽で精度も比較的高い一方、腺腫の段階では出血が起こりにくいため、検出感度が限られるという課題が指摘されています。実際、この総説によればFITの進行腺腫に対する感度はおよそ40%程度にとどまるとされています。見逃された腺腫はがんへ進行しうる一方、偽陽性は不要な大腸内視鏡検査につながるため、より早い段階の変化を捉えられる代替策が求められてきました。
腸内細菌の変化をものさしにする新しい発想
この総説がまとめているのは、大腸がんや腺腫の患者で腸内細菌のバランス(腸内フローラ)が健康な人と異なるという知見です。大腸がんでは細菌の多様性が低下し、Fusobacterium nucleatum(フソバクテリウム)、腸管毒素原性Bacteroides fragilis、pks陽性の大腸菌などの菌が増えている一方、酪酸を作り抗炎症的にはたらくとされるFaecalibacterium prausnitziiやAkkermansia muciniphilaなどの菌は減少していると報告されています。腺腫でもF. nucleatumやSolobacterium moorei、Lachnoclostridium属の菌が増加しており、これらの変化はがんが形成されるより前の段階から起きている可能性があるとされています。
メカニズムとしては、pks陽性大腸菌が産生する「コリバクチン」という毒素がDNAの二本鎖切断を引き起こすこと、F. nucleatumが持つFadAという接着分子が細胞のWnt経路を活性化して増殖を促すこと、Christensenella hongkongensisという菌がヒト大腸がん細胞株(HCT116、CaCo-2)の増殖を促進する一方で正常細胞株(NCM460)には影響しなかったことなど、複数の経路が挙げられています。また、日本を含む11か国が参加した981例規模の大腸がん全ゲノム解析では、日本の症例で特定の変異パターン(SBS88、ID18)の頻度が他国より高く、これがpks陽性大腸菌に曝露した大腸オルガノイド細胞に見られる変異パターンと一致していたことも紹介されています。
便中の細菌マーカーで検査精度は上がるのか
この総説では、便中の細菌DNAをPCR法などで検出する検査の精度をまとめています。単独のマーカーでは、F. nucleatumが大腸がんと健常者を区別する精度(AUC、1.0に近いほど高精度)が0.86程度と報告されていますが、腺腫の検出ではAUC0.5〜0.6程度と精度が下がるとされています。一方、複数のマーカーを組み合わせた検査では精度が向上すると報告されています。たとえばF. nucleatum、Hungatella hathewayi、Christensenella hongkongensis、Lachnoclostridium由来の新しい遺伝子マーカー「m3」を組み合わせた「4bac」というパネルは、無症状者において進行腺腫の検出感度が38.6%となり、FITの16.8%を上回ったとされています。また、これらの細菌マーカーとFITを組み合わせた「M3CRC」という検査では、821人を対象とした研究で大腸がん検出のAUCが0.96、感度88.4%、特異度90.1%であり、特にステージI(96.2%)やステージII(89.5%)といった早期がんでの感度がFITより高かったと報告されています。ポリープ切除後の再発検出についても、F. nucleatum・m3・Hungatella hathewayiの3マーカーパネルがAUC0.95、感度90.0%を示したとする小規模な研究(161検体・追跡104検体)が紹介されています。
この研究を読むうえでの留意点
著者らは、菌の構成は年齢・性別・食事・喫煙・BMI・服薬・地域など多くの要因の影響を受けることを課題として挙げています。実際、交絡因子を厳密に一致させた589人規模の研究では、F. nucleatumと大腸がんの関連が見られなかったという結果もあり、これまでの知見と一致しない報告があることにも触れられています。一方でm3マーカーについては、1765人規模の多施設研究で食事や薬剤の違いによらず予測精度が保たれ、抗生物質の使用後1週間以内でも値が変化しなかったとされ、比較的安定した指標である可能性が示されています。また、コリバクチン産生大腸菌を検出する蛍光プローブを使った検査法も研究段階にあるものの、大腸がん患者の約70%で陽性となる一方、健常者でも約30%が陽性となる点が課題として指摘されています。著者らは、多民族・大規模な前向き研究による検証、費用対効果の検討、既存の検診体制への組み込みが今後の実用化に向けて重要だとしています。あくまで一つの総説としての整理であり、これらの検査が実際の検診に広く導入されるかどうかは今後の検証次第です。
腸内細菌を利用した便検査は、従来のFITでは見つけにくかった早期の腺腫をより多く検出できる可能性を示す研究として注目されていますが、特定の食品や成分でがんを予防・改善できるという話ではなく、あくまで検査手法としての可能性を探る基礎的な研究段階にあるといえます。
※本記事は原著論文の翻訳ではなく、研究内容を独自に解説したものです。参考文献:Colin Cui, Haiyun Shi, Yuji Naito, et al. Clinical applications of gut microbiome for non-invasive diagnosis of colorectal neoplasia. ジャーナル・オブ・ガストロエンテロロジー (2026). DOI: 10.1007/s00535-026-02487-1.